2014年9月 帰省 ばあちゃんとの再会

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妹の病院が終わったらまた会う約束を夫がして、ばあちゃんの家に向かった。玄関から入ったらいいのか縁側から行けばいいのかを迷っていると夫が「こっちから行け。」と縁側を指差した。


ガラス越しにすぐ視界に入ったばあちゃんは、真っ直ぐ立ち上がりこちらに歩いてきた。

そして戸を開けた瞬間に、私はばあちゃんに抱きついて大きな声を上げて泣いていた。

この感情をどんな言葉で表したらいいのだろう?その瞬間は何も考えることができなかった。

罪悪感も、安堵も、「ずっと会いたかった」と言う思いも全て一つに入り混じり大きなうねりとなって自分の中を流れているようだった。



ばあちゃんは、それを力強く受け止めてくれた。

ばあちゃんとは細胞レベル・魂のレベルでとても波長が合うとしか言いようがない。普段は前世なんて考えないのだが、きっとばあちゃんとは前世でも夫婦や親子か兄弟だったに違いない。全てがぴったりと合う様な心地よい感覚になるのだ。

ばあちゃんから離れたくなくて力強く抱きついているのに、ばあちゃんも何度も何度も手に力を込めて私を抱きしめていた。


泣きながらこのままこの時間が永遠に続いたらいいのにと思った。その場でばあちゃんに買ったネックレスをかけてあげてから、ばあちゃんの家の中に入った。


「心理学を勉強してこれからはカウンセリングとかして頑張って行くからね。報告に来たんだよ。」と伝えた。

2012年に出場した補聴器ファッションショーの写真が掲載されている冊子を見せると

「何もかぐす(隠す)必要はねぇがらな。ちょうご(母親の名前)はそれがずっどでぎねぇがらダメなんだ。」

「あんだは、ばあちゃんさ似ればいいんだがら!ばあちゃんど同んなじに似ればいいんだがらな!」と言われた。私も勿論そう思っている。今までもこれからも、ずっと…


ばあちゃんのような生き方をしたい!!!


ばあちゃんと話している内に2人のお客さんが来た。

ばあちゃんは「これも耳、聞ごえなぐなっでなぁ」と自然に話し、私も補聴器を見せてそのおばちゃん達と話した。

一人のおばちゃんは私が子供の時に「あんだのお母さん、頭おがしんでねぇ?」と言った人だった。子供なりに自分の母親は普通じゃないと思っていたので、そのおばちゃん(大人)から見ても頭がおかしく見えるのだから「やっぱりあの人は変なんだ」と、納得したのを覚えている。


私は明るくて美人なおばちゃんが大好きだった。こうやって時を経て会ってみても、やっぱりそのおばちゃんに対する思いはプラスのものだった。

70代80代の3人に囲まれてゆっくり大きな声で話してもらっても所々聞き取れない言葉があったが、それさえも人生の醍醐味なんだと思えた。

会話がちゃんと分かっていないので、その二人がばあちゃんのところに遊びに来たのか、これから3人でどこかに行こうとしているのかイマイチ把握できなかった。


ばあちゃんは今年87歳になったと言っていた。仏壇にろうそくを供えようとして、床に落としてしまったものを自分で中腰で素早く拾い上げる姿を見て、とても元気で足腰もしっかりしていたので嬉しかった。

持ち前の気質も変わらずに強いままで、こちらの方が甘えてしまう気丈さには学ばされるものがある。物事の考え方に今も多くの共通点があるのが嬉しい。

私を育ててくれたのは、本当の意味でばあちゃんしかいないのだから当たり前かな、と思ったりもした。ばあちゃんは幸せそうに見えた。これからもずっと元気で長生きして欲しい。





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2014年9月 帰省 そして対峙すべき者

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