地味に壮絶な子供時代を過ごしたあたしが前を向いて歩けるようになった話・暗い子供時代のころ

絶対にこんな人生から抜け出してやる


思春期の頃・・かな

中学、高校生のころよくそんなこと考えていた

だからといって何かをしていた訳では無かったけど

そして、何故か抜け出せる 幸せな家庭を作れる 

そう信じていた

よく 信じる者は救われる って いうけれど

この部分だけは大きく共感できる

だって 今がそうだから

大波小波はありつつも それなりに幸せに過ごせているから

いまでもたまに思い出すのは・・

古い公営住宅の掃き出し窓から足を投げ出し日差しを浴びながら

どうやってこの世界からいなくなれるかな。。と

考えて考えて やっぱり無理だと諦める

そして このまま終わってたまるか って

そして 大人になるまで 自由になれるまでの年月を数えてみる

そこからはお気楽な妄想タイム♪

地味でネガティブながら基本はお気楽体質だったのだろう

だから 生きて来れた 

お気楽で良かった!


父親の機嫌がすべて


あたしはあんまり子供時代の事を覚えていない。。

それなりに友達もいたし、いじめにもあったことはない

写真を見れば、それなりに楽しそうなあたしがいる

でも そんな楽しい出来事も父が暴れることによっていつも台無しになってもう

どうでも良い気持ちになっていた

父は普通のサラリーマンだったけど、何しろ世の中を敵視して生きていたと思う

自分が恵まれない人生を送ってきたこと、上手く行かなかったこと

全部世の中のせいだ! 

そんなふうに思っていたのだろう

自分の気に入らないことがあるとすぐに怒りのスイッチがはいる、そして怒りのマグマを溜め込みながら酒を飲む。営業マンだから接待でしょっちゅう呑んでいた。

そして暴れた。そして必ず「みんな俺を馬鹿にしやがって、お前たちも馬鹿にしているんだろう」  そう言って家の物を壊した。人に当たるというより物にあたる人だった。それを止めようとした母は突き飛ばされたりしてあちこちに青タンが出来ていた。あたしと弟は布団の中で息をころして震えていた。 無事に朝を迎えられますように。。。いつも祈りながら・・

最初はこんな事がたまに起きる事件のようだったけれど、だんだん回数が増えてくるようになり窓ガラスが割れる事が増えていった。私たちを脅すために包丁を取り出したりしはじめて、母と私は夜10時すぎても帰らない時は包丁を隠すことが日常になっていた

父は子供は勉強だけすればいいと思っていて、友達と遊びにいくことを嫌った。          帰る時間を守らないと母がひどく叱責されるので、どんなに盛り上がっても一人先に帰り、父の機嫌が悪いと出かける事が出来なかった。弟は思春期になって関係ない!と出かけていたがとばっちりは母に行くのであたしはそれが嫌でドタキャンしていた。今思うとひどいことしてたなと思う。でも日々穏やかに過ごす事があたしにとって一番大事だった。

そんな日々だったのでどこかオドオドした子供だった。本当は超メジャー指向だったはずのあたし。アイドルが好きで派手で楽しい事ワイワイ騒ぐことが大好きなはずだったけど全部封印していた。   封印というか。。自分を出せなかった。。父の機嫌ばかり気にしていて自分の機嫌がどうなのか自分はどうしたいのか分からなくなってしまっていた。 弟は自我を出し持ち前の人なつっこさで人気者だったけど私はそんな弟の陰に隠れてしまっていた。もしかしたらいじめにもならない存在感のない子供。特に憧れていた華やかなクラスメイトたちはきっと記憶に残っていないだろう。

書いていてあまりにも暗い子供時代で吐き気がしてくる・・多分このころ自己肯定感が全くもてない 自分が作られてしまったのだろう。これが大人になっても自分を苦しめていた。          

でも大丈夫。時間がかかっても自分を取り戻せるから。














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