⑮ 無一文で離婚した女が官能女流小説家になり、絵画モデルとなって500枚の絵を描いてもらうお話 「切り裂かれた絵」

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次話: ⑯ 無一文で離婚した女が女流官能小説家になり、絵画モデルとなって500枚の絵を描いてもらうお話 「現在サルサ・インストラクター」

 1時間半ほど街をぶらついていた私は、彼のアトリエに引き返したのです。

 そこで私が見たものは…。

 

 ※ ※

 日本酒の瓶を持ち、直接飲んでいる彼の姿でした。

 真っ赤になり、酒臭くもうべろべろです。

 目が完全に据わり、ガラスのように不気味に光っています。

 こうなると危険です。

(しまった!)

 すぐに自分の行動を後悔しました。

「なぜ帰ってきたあああ」

 と彼は叫びます。

「絵が気になったの。でももういいわ」

「もういいわとは、何だああああ」

 つまずくほど酔った彼は、

「こんな絵、こうしてやるう!」

 と叫ぶと、80号の寝ポーズのキャンバスを、引き破いたのです。

 何本もの布地が垂れ下がりました。

「きゃあーっ」

 悲鳴をあげた私は、ドアを転がるように出て、逃げ帰ったのです。

 あんなに楽しみにしてとりかかった後姿寝ポーズは、もう二度と描かれる事はありませんでしたーー。

 

 これで別れたとお思いでしょう。

 でも、彼から何日かすると、

「アトリエに来い、来てくれ」

 と電話がかかってきます。

絶対に行かないわ。先生とは別れるの。新しい人をさがして」

 と断ると、

「そういうのなら、お前以上の新しいモデルを見つけて来い」

 また、脅されます。

 待ち伏せされたり、警察沙汰になったことも幾度か。

 ある時、車の中で大喧嘩になり、通りがかりの静かな団地の公園の前で、車から逃げたことがあります。

 昼下がりの団地の道路。

 行く行かないで喧嘩をしていると、大声で争っている声に誰かが通報したのでしょう。

 騒ぎを聞きつけて、パトカーがやってきた


 中年の警官が三人、

「旦那さん、どうしたんですか」

 穏やかな口調で囲みます。

「こいつが、こいつが、約束したのに俺のアトリエに来ないって言うんですっ」

 彼が叫ぶと、

「行かないから、行かないって言ったでしょう。この人がいつも暴力で無理矢理…」

「なにおっ」

 こぶしを振り上げて殴りかかろうとする岡村を、

「まあまあ」

「女性に暴力をふるっちゃいけないよ」

 警官がとめます。

「女性がいやだって言ってるじゃないですか」

 言い聞かせるように告げると、岡村は警官たちに向き直り、

「こいつは俺のモデルなんです。俺に絵を描かせると約束したんですっ」

 と悔しそうに叫び。

「今日も来ると言った、それなのに…俺がどんな思いで絵を描いているか…俺のアトリエに来て絵を見てくださいっ。そうすればわかる。こいつと俺とは誓い合い、約束したんだっ」

 と抱きとめられた体をよじって訴えるのだ。

 中の一人の初老の警官が、

「画家さんですか…いい絵をかいておられるんだろうが、騒ぎはいけません。この人がいやだと言ってるんだから、今日はまあ帰しておあげなさい」

 とさとした。

 警官の一人が私に目配せをして、私はその場から逃げ去りました。

 すると岡村は、

「俺は、俺は…生はんかな気持ちで絵を描いているんじゃない。女房を捨てて、世間に不義理をして、それでもこの女を描きたい一心で絵を描いてるんだっ。俺の描いた絵をみてくれっ、そうしたらわかるはずだっ」

 と警官の足元に追いすがって訴えているのです…。


※ ※


●最後のクリスマス



 彼はその年、クリスマスのコース料理を昼にレストランで食べたあと、私に靴を買ってくれました。

 それが、最後のクリスマスの思い出です。

 ショーウィンドーに飾られていた、それはそれは美しいフォルムの革の9センチのハイヒールです。

 ためいきが出るような、美しい靴でした。

「これが似合うと思うよ」

 めずらしく上機嫌の彼が囁きます。

 男性店員さんが、寄ってきました。

「お客様、美しいハイヒールでしょう。大阪の職人が丹精込めて作ったものです。ですが、足に合うお客様がいらっしゃらなくて…。今まで何人もの人が試したんですけれど、どなたの足にも入らなかったんです」 

 まるでシンデレラのガラスの靴!

 だけど彼は、

「ぴったりだと思うよ。履いてごらん」

 と囁きます。

 店員さんにその靴をショーウインドーから降ろしてもらい、見守る中、おそるおそる足を入れました。

 と、吸い付くようにぴったりだったんです。

 どこも直すところはありません。

「お客様、はじめてこの靴を履ける方がいらっしゃいました!」

 店員さんも感激した面持ちで興奮して見つめていましたーー。

 

 打って変わって、その次の年のクリスマスは最悪のクリスマスでした。

 イヴに昨年と同じ店でクリスマス・コースを昼に二人で食べている最中でした。

「こうして俺たちが二人でこの洒落たレストランで楽しく食べている間も、妻はひとりぼっちでアパートでわびしく過ごしているんだ。それをお前は可哀相とは思わないのか」

 ワインに酔った彼が、突然言い出したのです。

 私も、そうですね、と思いやりの言葉を返せればよかったのでしょう。

 でも私は、根っから我が儘な女です。

 それに、彼は私を裏切った、と不満に思っていました。

「なぜイヴにこうやって二人でいるときに、そんな話題を持ち出すの?!」

 言い争いになったんです。

「もういい、お前となんか食べない!」

 不機嫌にそう言った彼は椅子を蹴ってレストランを出て行きました。

 代金を払わないまま…。

 私にはその場に持ち合わせがなく、どんなに赤恥をかいたか。

 後でかき集めて払ったものの、その後の生活にどんなに困ったか。

 その頃、官能小説は下火になり、私は家賃にさえことかくようなビンボー困窮生活を送っていたのです。

 レストランで平謝りに謝り、後で払いますからと名詞をおいて外に出ると、大雪でした。

 降り積もる雪にバスはチェーンをつけて走り、乗用車が何台も白い雪の中に埋もれて立ち往生しています。

 やっとの思いで遅れたバスに乗り夕刻に家に帰った私は、チキンとコーンスープとサラダとショートケーキ。子供とささやかなクリスマス料理を食べて、イヴの夜を過ごしました。

 私は子供に図書券をプレゼント。

 子供からはオルゴールがプレゼントされました。

 オルゴールの曲は、ディズニーの「星に願いを」でした。

 

 深夜、自分の部屋で子供からプレゼントされたオルゴールのふたを開けると、くるくるとミニー人形が回転し、星に願いをの美しい旋律がオルゴール箱から流れ聞えます。

 じっとその「星に願いを」の曲を聞いていると、涙が頬に流れ伝いました。

 (私はいったい、なにをやっているんだろう…。こんな生活がこのまま続いていいわけがない)

 窓の外の雪はしんしんとなおも降り続いていましたーー。

 


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