7.19
涙が全然止まらず、ボヤけて見える道路をじっと見つめた。
「奥様、今は辛いでしょうが落ち着いてね。今誰かと一緒ですか?」
「はい…母と病院へ向かっています…。」
「そう、では気をつけて焦らずゆっくりね。」
「はい…。」
何度か返事をし、電話を切った。
その後は一緒娘の顔を見ただけで、病院まで1時間ほどかかる道のりを無言でなにも考えず過ごした記憶した残っていない。
病院の建屋が見えてきた時、ふと我に返った。
もうすぐ会える!
遠距離恋愛をたくさんしてきた私達は幾多もこうやって過ごしてきた。
長い出張が終わり駅に着いた彼を迎えに。
仕事が終わって帰り道に待ち合わせ。
休みの日に久々に彼の家へ向かうバス。
「もうすぐ会えるな。」
「うん。早く会いたいね!」
冷たくなって待っている彼に会いに行くというのに、なぜかそんなことを思い出していた。
でも違う。
病院は暗く見え、空もくすんで見えた。
車が駐車場へ入り、また呼吸が早くなる。
急いだってなんにも意味がないのに、分かっているのに急いだ。
スヤスヤと眠る娘のシートベルトをガチャガチャと外して、両手で抱きかかえ、母にどこ?と聞いた。
母と3人で早足で歩いて向かう。
勝手に病室へ向かうつもりでいたのか、辿り着いた先に見えた部屋の入り口貼ってあった古いプレートに『霊安室』と書かれていたのを見て、心臓が大きく鳴った。
私は立ち止まった。
入りたくなかった。
叫んでどうにかなるならどうにかしたい気持ちで満タンになっていた。
記憶が曖昧だが、扉が開いて、ベッドに眠る彼と彼の家族が何人かいた。
白い布団で眠る彼。
鼻に脱脂綿が詰めてあるのを見て、もう生きてはいないことを認めさせられた。
ゆっくりと娘を母へ託し、彼の元へフラフラと駆け寄った。
血の気のない、目を閉じた彼の顔を見て私は泣き崩れてしまった。
「ごめんなさい。ごめんなさい。」
何度も謝って、膝をつき彼の胸の上で泣いた。
なぜ「ごめんなさい」だったのかは、長くなるので機会があれば、また改めて書くことにします。
まだほんのり体温が残っていたけれど、いつも一緒にくっついて寝ていた彼の体が固く冷たくなっていっているのを肌で感じた。
心の中で、お願い起きて。話したい。と何度も訴えた。
揺さぶっても抵抗なく人形のように揺れる彼。
どんどん死を見せつけられ、私は吐き気がした。
頭で思うより先に体が防御をしたかのように、私は霊安室を飛び出した。
来た方とは逆に走り、どこかわからない廊下の途中で動けなくなって座り込んで泣いた。
追いかけてきた彼のお母さんがすぐに私を捕まえた。
「かな!しっかりしないと!お嫁さんなんだよ!」
「いやだ…いやだ…」
消えてしまいたかった。
時間も日付もなくなって、世界が終わればいいと思った。
全てだった。
彼が私の全てだったのに。
居なくなったら息の仕方さえわからなくなるくらい、彼がいないなんて無理だった。
お願い、置いていかないで。
なんでもするから。
少しだけ時間を戻して。
戻ってきて。お願い。
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