⑤ 無一文で離婚した女が女流官能小説家になり、絵画モデルとなって500枚の絵を描いてもらうお話 「ポーズを決める」

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前話: ④ 無一文で離婚した女が女流官能小説家になり、絵画モデルとなって500枚の絵を描いてもらうお話 「夏のグループ展に出品した絵は?」
次話: ⑥ 無一文の女が女流官能小説家となり、絵画モデルとなって500枚の絵を描いてもらうお話 彼の正体は? プレーボーイ?

 メイク道具を差し出すと、

「えっ、僕がですか?」

 そわそわしています。

「ええ、どうぞ。先生本当はメイクアップ・アーチストさんになりたかったんだ、って言っていたでしょう」

「じゃ…」

 彼は、頬紅だけは自分が手持ちのものを取り出しました。

 母親がつけていたメーカーの物だそうです。

 円形の容器に入っていて、刷毛でつけます。

 それを、水彩の絵にも入れていたのです。

 彼は息をつめて、メークしてくれました。

 それはそれは上手に。

 彼がチークを入れると、入れる場所がぜんぜん違うんです。

 チークを所定の位置に塗りました…じゃなくて、本当に赤らんでいるみたいになるんです。

 用意が整うと、さっそく写真撮影開始。

 

 デッサンの時もうきうきしています。

 「このシリーズで何枚も描きましょう! 次回は、手に白い鳩を持ったポーズで描きたい。いいと思いますよ」

 彼はよほどアラビアンナイトの衣装が好きなようです。

 写真も、立ったポーズや寝転んだポーズ、踊っているようなポーズ、何枚もとりました。

 実際に描いたのは、足を組み、片手を後ろについた座りポーズです。

 表情は遠くを見つめています。

 エキゾチックで品があって、セクシー。

 それを狙ったのです。

 休憩の度に覗き込むアルシュの画紙に、じょじょに裸婦像が浮かび上がって来る。

「だんだん出来てきますね!」

 画面を見るのは心躍る、大きな喜びでした。

 たまにいやに静かだな、と思ってイーゼルを覗くと、紙の余白に、

(美しき肌の色香に魅せられて、筆とどまりてしばし動かず)

 そんな和歌が紙の余白に鉛筆で書き付けられてあって、

「先生、ロマンチックなんですね」

 からかうと、

「すいません…つ、つい、いたずら書きしてしまって」

 彼は超真っ赤になってうつむくんです。


 ※ ※

 そうして絵を制作していた日のことです。

(彼の車に乗らなきゃいけなくなった。やばい!) 

 その日は絵を遅くまで描いていて帰りが遅くなってしまいました。

 いつも電車で帰るのですが、その日は夜の9時を過ぎ、しかたなく彼の車で送ってもらったんです。

 夏休み中で、子供は神戸のおばあちゃんの所に帰っていました。

 彼の車がやばい! と思ったのには、理由があります。

 彼、運転が超下手だったんです。

 最初のころは彼の車に同乗していたんですが、私が話しかけるたびにグッとこちらを大きくふり向くので、ガードレールにぶつかりそうになったり、他の車にぶつかりそうになったり…。

「きゃーっ」

「先生危ないっ! 前を見てくださいっ」

「ぶつかるっ」

 何度悲鳴を上げたことか。

 怖くて生きた心地がしなかった。

 ホテルのレストランに行くために入った駐車場で、停めるのに、切り返し切り返しでなんと20分以上かかったこともあったんです!!

 もう、あきれかえってしまって…。

 そんなこんなで、彼の運転にはこりごりし、絶対に乗らないようにしていたんです。

 所が、その夜。

 夜の灯りの町並みを疾走する彼の運転は、すばらしかった!!

 発進は絹の上をすすむようになめらかだし、停まる時もすーっと知らないうちに停まっている。

 背中にGを感じるほど加速しているのに、スムーズなハンドルさばきで流れるように車が進む。

 ええーっ、彼運転上手い!!

 思わず、

「先生、運転お上手なんですね。レーサー並の腕をお持ちなんですね!」

 と言ってしまった。

 彼は苦笑いしながら、

「最初の頃はあがって緊張していたんでしょう…僕、車が好きで、ついこの間まで年甲斐もなくスカイラインGTのマニュアル車に乗っていました。 ギアの入れ方が上手いとよく言われたものです。 スカイラインに乗っていると、若い人が見にきたりするんです…今は、絵を会場に運ぶのでこの車に切り替えてしまったんですが…」

「そうでしたの…」

 画家さんだから、運動能力は抜群のはずなのだ。

 目で見たことを指先に伝えて動かす。

 彼のハンドルやギアを操作する指もセクシーで。

 この夜、運転席から見る彼の横顔が、妙にステキにかっこよく見えてしまった…。


「先生、おモテになるんでしょ。恋愛体験は?」

 と助手席から聞いてみた。

「僕はモテませんよ」

 と言った彼は、

「学生時代の頃は、親父の仕事の関係で長崎の小さな島にいて…その時、親父の会社で働いていた、地元の漁師の娘の事務員と、付き合ったことがあります」

 思い出を語った。

「どんな交際ですの? 」

「一緒に船をこいで無人島に行き、泳いだり魚をとって遊びました。彼女は漁師の娘だったので、船を漕ぐのもうまかったんです」

「無人島でキスとか…」

「まさか…僕は奥手だったから、思ってもそんなことはできなかったんです。今は懐かしい思い出です」

「その方とはどうなったんですか?」

「お袋の反対もあり、僕が長崎市内の工業高校に入学して島を出たので、それっきり別れてしまいました」

 そっか、それで彼は彼女を思いながら、高校時代は海の絵ばかり描いていたのかも知れない、きっと。

「東京に来てからはどうですの?」

 私の問いに、彼は黙って答えなかった。

 そして20分以上走ってから、きっぱりと言ったのだ。

「東京に来てから、ロマンスは一件もありません」

 とーー。

 

 ※ ※

 やっぱり、彼は女にコンプレックスがあって付き合えないか、童貞?

 そう思った。

 だが、そんな私の考えをくつがえすようなことが起こったのだ。

 

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⑥ 無一文の女が女流官能小説家となり、絵画モデルとなって500枚の絵を描いてもらうお話 彼の正体は? プレーボーイ?

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