昇段審査、天に任せた合格記

例えば 試験でいい成績を残すこと

例えば 昇段審査に合格すること

いわゆる審査員から高評価をいただくには、コツコツ努力してきたことを本番で発揮できるからこそ得られるものだとずっと思っていました。


3月に弓道の審査を受けたのですがいつもとはちょっと違う経験でしたので、ご紹介させていただきます。


私が弓道五段になったのは14年前。次のステップである錬士も機会がある毎に受審しておりました。昨年夏に7回目の不合格となったときはさすがに落ち込みましたがいい手応えもありましたので、一年後の合格を目指して技術だけでなくメンタルトレーニングも行ってきました。


錬士審査では1日に複数のテストを受けます。実技一次、筆記、面接そして実技二次の4つ。このうち重要なのは実技ですので、2本の矢を的に中てるために日々稽古を重ねます。


審査基規程にはこう記されています。

五段:射形、射術、体配が法に適い射品現れ、精錬の功 特に認められる者。

錬士:志操堅実にして弓道指導の実力を有し、且つ精錬の功 顕著なること。


弓道は矢を中てることを目的とはしていません。身体の動きに無駄がなく見た目も美しければ矢は自ずと的に中たると言われています。射には心の迷いやその人の性格もはっきり出てしまうので、道場以外の人間修行も気が抜けません。


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クリスマス前に次の審査の申込みをしました。

場所は何度も稽古したことのある地元の道場。

日程は3ヶ月後。


審査の一週間前にフランスを出発。

技術的にも精神的にも万全で、福岡での稽古初日も満足できる射ができました。


が、その場にいらっしゃった先生方(六段〜八段、10人ほど)は気難しい顔でした。

「せっかくひと月も滞在するんだから、七日後の審査を目指すんじゃなくて、悪いところをとことん直しましょう。」


肩は鎖骨と肩甲骨とが繋がっていて鎖骨は胸骨ともつながっているけれど、それが感じられない。全てをもっと有効に使って、弓の力を最大限引き出して、矢を飛ばす。



頭ではわかっていても弓の抵抗力(約13kg)を受けながらですので身体はそう簡単に思い通りに動いてはくれません。的中率はどんどん落ちていき、あっという間にゼロになりました。引いている感触はそこまで悪くないのに、的の2m手前までしか飛ばなくなりました。矢が地面にガサッと落ちる音がするなんて錬士を受審するには論外のレベルです。


一週間の間、先生方のご指導を受けながらあらゆることを試しました。射形は少しずつ良くなっているのに矢は1本たりとも的まで飛んでくれませんでした。中らなくてもいいけれどせめて的の横には飛んで欲しい。審査のときにガサッなんて音はたてたくない!!!!


審査の前日には昔大会で培った姑息な手段を使ってみましたが、状況は全く変わりませんでした。30年弓道をやっていてここまで落ち込んだのは初めて。調子が悪いときも多々ありますが、かすかな希望まで見失ったことはありませんでした。なのにこの日はお先真っ暗。ここから逃げ出したい、道場が火事にならないかしらとまで思いながら21時過ぎまで練習しても解決方法は見つからず。万策尽きたことを認めざるを得ず、涙が止まりませんでした。


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審査当日。鉛のように重い足、泣き腫らした目で会場に行きました。五〜八段そして錬士の試験を約500人が受審します。


会場到着:朝7時すぎ

筆記試験:11〜12時

一次審査:17時過ぎ

口頭試験:一次通過直後

二次審査:19時過ぎ


錬士審査は五〜八段の審査が終わったあとに行われます。なので待ち時間がとても長く、緊張感や体調をしっかり管理していないといけません。これこそ指導者として求められることでもあるのです。


筆記試験では得意なことが出題されて大満足。ここで落ち込んでいた心が少し上向きになりました。


次の出番まで約5時間。他の方々の審査も見ましたが、掃き矢(地面にガサッと落ちる)など殆どありません。


焦りと不安が再び襲ってきました。

大波となって。


・今度こそ合格だ!と自信があったのに。

・ここ一年はかなりしっかり準備してきたのに。

・30年もやっているのに。

・8回も受けているのに。

・自宅に道場があるから稽古もいっぱいできるのに。

・やっぱり外国で弓道上達はムリなのか?

・フランス人でも20年で受かっている人もいるのに。
・私には才能がないのか?


ネガティブな感情ばかりが出てきて、頭も背中もどんどん垂れてきます。


・日本で受けるには飛行機代・新幹線代・ホテル代など経費がたくさんかかっているのに。

・家族にもいろいろ負担をかけて日本に来ているのに。

・長年ご指導いただいている先生方をまたがっかりさせてしまう。

・応援してくれているフランスの仲間もがっかりさせてしまう。

・五段のままだと次の講習会でもまたお辞儀の角度やら歩き方やら、超基礎からやらないといけない。(もううんざり。もっとハイレベルな練習もしてみたい!)



前日まで掃き矢が続いていたので不合格になる覚悟はできていたはずなのに、不安はどんどん増すばかり。実力がないなら不合格で当然。でも恥はかきたくない。エゴの葛藤が続きます。


「私はこんな不安なまま審査を受けたくない。技術的には過去最悪。一体どうしたらいいの?全然わからなーーーい (ToT)」


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実技審査1時間前。

控室には500人ほどの人がいたけれど、私は壁に向かって坐り瞑想を始めました。心の動揺を抑えることが大事なので恥ずかしいなどと戸惑う暇もありませんでした。そして思いつく限りのサムシング・グレートにお願いしました。


「ご先祖様、仏様、観音様、天照大神、天之御中主大神、キリスト、ヤハヴェ、大天使、小天使、妖精、ホーリースピリット、過去の弓聖人、大先生、月、太陽、金星、冥王星、宇宙全体、、、、。どうか私の心を鎮めてください。」


10分ほどしたら落ち着いてきて、腹式呼吸ができるようになってきました。そのまま続けていると周りの雑音が聞こえなくなり、心が空っぽになってきました。

ここで神のお告げが聞こえてきたらバッチリだったのですが、それは、なし。



ですがピーーンとひらめきました。



今日この場で審査を受けられるというのは幸せなこと。

今日も弓矢をとって行射ができる。

上手とか下手とかは関係ない。

矢がどこに飛ぼうと関係ない。

私は今生きていてこの場にいる。

そのことを存分に楽しもう。

他人にどう思われようと関係ない。

私が30年間続けるほど好きなんだ。

ただそれだけでいい。

それ以外何も必要ない!



この思いは心の奥底までスーッと届きました。そして不安は一気に小さくなっていきました。


目の前にあった暗くどんよりした雲は消え、心は信じられないほど晴れ晴れしくなりました。


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召集がかかり控えの椅子に坐ります。審査の運営スタッフは知っている先生方ばかり。あっちを向いてもこっちを向いても目で頑張れよとおっしゃっています。


「矢道に刺さろうが屋根の上に飛ぼうが関係ない。堂々とやってこい!」



そして本番。


左足から入場。5人立の代表として審査員長に深い礼をします。後ろの5人と息合いをあわせながら自分の立ち位置に進みます。作法通りに襷掛けをして、弓矢を構え、、、途中で手足が震えそうになりましたので「神様仏様、あとはよろしく!」と祈り、周りの景色を遮断しました。幅1m × 長さ28mのなが〜〜〜い廊下に自分と的だけがある感じです。弓の力を身体で受けて、自分からも弓と矢に命を吹き込む。ただそれだけを味わい、集中しました。


自分がどんな動きをしたのかは全く覚えておりませんが、今この場に立てていることへの感謝が再び湧き上がってきました。


一本目の矢は的の真ん中に飛んでいきました。

見事に中ったのです。

自分でも驚きました。

残心での余韻もすごく、武者震いしました。


5人のリズムは最高によく、スムーズに私の順番が回ってきました。


二本目の矢は外れてしまいましたが的の近くでした。掃き矢で大恥をかく覚悟をしていたので私にとっては大満足の出来でした。


退場時のお辞儀には「これが今の私の射です。精一杯やらせていただきました。ありがとうございます。」という気持ちを素直に込めることができました。


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前日までが最悪な状態でしたので一次審査を通過した時は本当に驚きました。先生方にも後輩たちにも素晴らしかったと言ってもらえましたが、自分では何をやったのか全く覚えておりません。頭で考えながら身体をコントロールしてもどうせ掃き矢だ。ならば今日までの30年を信じて楽しもう!とただそれだけでした。


二次審査が行われたのは19時半。外は真っ暗気温は7℃、風あり。手足の感覚もなくなっていたはずですが、射場に入ると寒さも緊張感も感じなくなりました。その場にいることがただただ幸せで、他の4人のメンバーと一体となったような感覚で行射することができました。


この日錬士を受審したのは160人。

一次合格者13人。

最終合格者6人。


私も合格できましたが、正直信じられませんでした。技術的には最悪の状態でしたので「頑張った甲斐があった!ガッツポーズ!」というような心境ではありませんでした。お褒めの言葉も頂いたので見た目は良かったのだと思いますが、身体がどう動いたのかは自分では全く覚えておりません。なので狐につままれた気分がずっと離れません。


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今回の審査では、私は天に身を任せきったのかもしれません。

意図的にそうしたかったわけではありませんが、最悪の状態が続いたのでそうせざるをえなかった。他に選択肢はなかった。もし最悪な一週間を経験していなかったら、ここまで心底手放すことはできなかったはずです。という意味ではどん底の一週間に感謝しています。

期待や結果を諦めるのではなく「手放す」ことによって、自分がいちばん大切に思っていることに気づくことができました。


今生きていること

弓と矢を手に持っていること

ただそれだけで幸せであること



弓道歴30年という記念すべきときにこのような素晴らしい経験ができたこと、本当に嬉しく思っています。



余談① 合格後の稽古。

翌日から通常の稽古が始まりましたが私の矢はやはり的に届きませんでした。審査の時の奇跡をまた体験したくていろいろ試しましたが、どうにもなりませんでした。日本での稽古はその後3週間もあったのに95%が掃き矢のまま。期待を手放すというのはどん底という実感があったからこそできたのかもしれません。


余談② 審査の朝。

最悪の状態でしたがいつもお世話になっているオラクルカードを引きました。

出たのは「一発大逆転」

その言葉で思いつくのは審査合格ですが、技術的に全く自信がなかったので「そんなことあるわけない」と現実的に捉えていました。


「偶然ではなく全てが必然」とはよく言われることですが、何気なく引いたカードに書いたあったことが現実となり、幸せ感に包まれました。




お読みいただきありがとうございます。

感謝いたします。


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