公文書の管理・破棄が当初の目的に沿っていない話

森友学園、加計学園を巡る議事録が文科省、内閣府で廃棄されていたと言うニュースに加えて、防衛省において南スーダンでの現地PKO部隊の日報が破棄されていたかどうかの問題が再燃している。

そもそも各行政庁が勝手に行政文書を処分して良いことにはなっていない。

「公文書等の管理に関する法律」と言うものがあって、この中で公文書等の定義が決まられているのと同時に行政文書等の作成、整理、保存、移管、破棄については、各行政庁の長が政令で定めることになっている。

この規定が、菅官房長官が「文書の存在自体を含めて官庁が答えられないとの判断をした。」と、責任の所在が行政庁にあるとの主張をした根拠になっている様である。

また菅菅官房長官は当初文科省から流出した議事録について「怪文書みたいなもの」と、その内容の信頼性の無さを強調しようとしたが、前川前文科省次官や複数の文科省職員のマスコミへのリークにより、今度は「あれは公文書ではない。」と強弁したり、公文書の管理に問題有りと管理のガイドラインを検討する必要があるとの主張を繰り広げている。

ここで政府の主張が決定的に間違っている点が二つある。

違法といっても良い。

第一に、先の「公文書等の管理に関する報告」の制定目的を良く考える必要がある。

少し長くなるが同法第1条は、

「この法律は、国及び独立行政法人等の諸活動や歴史的事実の記録である公文書等が、健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として、主権者である国民が主体的に利用し得るものであることにかんがみ、国民主権の理念にのっとり、公文書等の管理に関する基本的事項を定めること等により、行政文書等の適正な管理、歴史公文書等の適切な保存及び利用等を図り、もって行政が適正かつ効率的に運営されるようにするとともに、国及び独立行政法人等の有するその諸活動を現在及び将来の国民に説明する責務が全うされるようにすることを目的とする。」と謳っている。

要するに、公文書等があくまでも主権者である国民が主体的に利用できる様に管理しなさい。また、それにより現在及び将来の国民に国らの活動を説明できるようにしなさい、と言っている。

その意味で、国民げの開示を損なう様なガイドラインは違法の可能性が高い。

第二に行政文書等の定義だが、

「「行政文書」とは、行政機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書(図画及び電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られた記録をいう。以下同じ。)を含む。第十九条を除き、以下同じ。)であって、当該行政機関の職員が組織的に用いるものとして、当該行政機関が保有しているものをいう。」となっている。

ここに要件は、①行政機関の職員が職務上作成・取得したもので、②職員が組織的持ちいるものとして、③当該行政機関が保有しているもの、となる。

議事録にしろ、次官宛のレクチャーメモにしろ、「行政文書」に当たるかどうか判断、シリアルナンバーが振られていなくとも、作成日時が無くとも、その様な外形的な事ではなく、この文脈で判断すべきものであり、行政の意思決定に影響を与えるものでれば、これらは「行政文書」であると言えよう。

国会や国民からの質問に対して、文章を破棄したので分からないと言うのでは、この法律の趣旨に合っているとはとても言えない。

この点で、菅官房長官の行政文書ではない発言は正当性を欠く。

また、そもそも各行政庁が管理規定を作成する際には内閣総理大臣と事前に協議して、その同意を得なさいと定められている。「行政文書の管理は各行政庁の責任だから自分らは知らないよ。」とは言えない。

職場や個人の部屋の掃除の際も、書類については一旦目を通してから、その廃棄の当否を判断しているのではないだろうか。見ずに捨てている人がどれ程いるのか。

この点でも、同法には興味深い規定がある。

「行政機関(会計検査院を除く。以下この項、第四項、次条第三項、第十条第三項、第三十条及び第三十一条において同じ。)の長は、前項の規定により、保存期間が満了した行政文書ファイル等を廃棄しようとするときは、あらかじめ、内閣総理大臣に協議し、その同意を得なければならない。この場合において、内閣総理大臣の同意が得られないときは、当該行政機関の長は、当該行政文書ファイル等について、新たに保存期間及び保存期間の満了する日を設定しなければならない。」

実際に安倍総理が全ての廃棄文書ファイル等に目を通すわけではないだろうが、建てつけ的にはその様になっている。

更には、

「内閣総理大臣は、前項の場合において歴史公文書等の適切な移管を確保するために必要があると認めるときは、国立公文書館に、当該報告若しくは資料の提出を求めさせ、又は実地調査をさせることができる。」と、行政文書の管理、処分に関しての総理大臣の強い関与を求めている。

そもそも国民は屁理屈や言い逃れの背景に、何か国民に知られたら困ることがあるのではないかと肌で感じ取っている。

それが誤解であるのなら、通常のケースよりもより詳細にかつ具体的に、意思決定に至ったプロセスを明らかにすることが政府の責務だ。




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