~ずっと自分が嫌いだった。いつも生きにくくて苦しかった~ 【それでも。。。そんな私でも、私らしく、自分に優しく生きれるようになったよ】3

読んでくれてありがとう~つづき3~です


私の体にはたくさんの傷痕があります。

腕 足 手首 腹部。。。

それは自分でつけたものもあれば

15歳の時の、暴行監禁期間につけられたものもあります。


【つけられた】傷の記憶の克服には、

正直かなりの時間と葛藤を要しました。

というのも

あの出来事によって私は人格障害を発してもいたから。

人の心って

良くも悪くも巧妙にできていて。


初めて【それ】に遭遇した時、私は必死で逃げようとしました。

だけど複数の異性相手に逃げるのは無理がありました。

それでもなんとか逃げようとしました。

助けを求めました。

でも助けてくれる人はいませんでした。


そんな葛藤の中自分の中で声がしたんですよね。

「お前は親を苦しめる。

これはその罰だから

受け入れなくてはならないものだ」

って。

それで(あぁ  そっか。。。)って思っちゃったんです。


今思えば、あれは心が自分を守る為に起こした防御対処だったのだと解ります。

現実そのままをそのままにみていたら

きっと私はその現実に耐えきれなくて

存在することを止めてしまっていたかもしれないから。

だから【理由】をつけることで起きている現実に納得させた。極限状態の中での自己防御策。


時々女性の監禁のニュースに

触れることがありますが、

そういったニュースの中には

《逃げようと思えば逃げれた状況もあったのになぜ?》

といった類いのものもあります。

でもそれって、

《逃げようと思えば逃げれたはずなのになぜ?》

というのは、

ある意味健全な精神状態だからこその発想で、

もう。。。そういう精神状態じゃないんですよね。

逃げるとか逃げないとか、

そういう域の状態ではないんですよね。

...少なくとも私はそうでした。


だから

逃げようと思えば逃げれた状況もあったはずなのに逃げなかった

という内容に触れても

「なぜ?」とは思わないんです。


話が反れました(苦笑)。


まぁ。。。

自分の中で起こったこの理解に至ったのも

この出来事からずっとずっと後のことで。

あの時期を期にはじまった【声】は

しばらくの間は私の中に居続け、

その間ずっと私はこの【声】の言うことを信じていたんですよね。

「お前は幸せになる価値などない」

「幸せを求める権利もない」

「お前は人を苦しめるだけの人間だ」


+++++


表面上は

仕事にバイトに勉強によく頑張り、

同年代の他の子達より大人びた

しっかりした少女。


でも一方では、

過去の記憶に苦しみ

悪化する摂食障害に振り回され、

強い自己否定と罪悪感に苛まれ、

その度に行うリストカットがあり、

そんな自分を誰にも見せれず

「たすけて」

「生きたい  たすけて」

といつも心の中で叫んでいる。


それはどんどんどんどん強くなって

【声】の種類も徐々に増えていって


17歳のある時

仕事にも行けない

外に一歩も出れない

私になってしまったんです




それまで

遅刻 早退 無断欠勤をしたことのなかったのが急に連絡が取れなくなり、心配した店長が実家へと電話を入れ。

母親が東京の狭い部屋へと来たのは

私が外に出れなくなって

1週間も過ぎた頃でした



つづく



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