あの川の曲がりの向こう側

子供の頃、夏休みになると父方の田舎である新潟の三条に滞在していた。普段は滅多に会うことのない従兄弟が来ていて毎日朝から暗くなるまで真っ黒になって遊んだ。

家の前には用水路から水を引いた大きな池が横たわっていて大きな鯉が沢山泳いでいた。

炊事場から流された米粒などを鯉が食べて水を濾過していた。

その池の上には桃の木があり夏場には大きな実をたわわに実のらせていた。

何かの拍子にその桃が池にポチャンと落ちると、それまで静かだった池の表面が俄然慌ただしくなる。

まるで別府の地獄温泉の様にブツブツと白ぽい丸い穴がせり上がってくる。

池の鯉だった。

「おってきたもには何でも食いよるから。」

祖母の説明と、数知れず湧き上がってくる鯉の口に恐怖を覚え、その後その風景を何度も夢で見た。


祖父は農業のほかに鯉の養殖をしており、田んぼで鯉の稚魚が泳ぎ回っているのを見た。

「あーしとっくと草や虫を食べよるんよ。」

うまいこと考えられているなと子供心にも関心したが、あの鯉たちが大きくなったらどうするんだろうと言う疑問がふと浮かんだ。

実際には水を抜くときに、その水抜き口に鯉が集まるのでそこに網を入れて一網打尽ということらしい。

そして手のひら位まで大きくなった鯉たちは山の中腹に作られた大きな池へと放される。

ここには朝夕の一日に二回、祖父が餌をやりに行く。

サンタクロースの様に大きな袋を肩から担ぐ。

「何が入っているの?」

と尋ねると、袋を肩から降ろして口を開けて中を見せてくれた。

見るより先に何かの香ばしい、粉の様な匂いが中から漂ってくる。

袋の布を通した光で中が見て取れた。

(何だろう?海老?)

「サナギだ。」

直ぐには字が浮かんで来なかったが、再度眺めるとそれが蛹だと分かった。

家から池までは田んぼの脇を通って、祠のある所から坂を登っていく。

この坂の途中には竹林があり春には筍掘りを従兄弟たちとした。

またその途中に清水が湧き出しているところがあり、いつも小休止したが、その頭上には大きなクルミの木があり、秋にはこれまた従兄弟たちとその実を集めて家に持って帰り硬い殻を割った。

祖父は亡くなる少し前だから80代の前半まで毎日この道を行き来していた。


暑い日は歩いて少し離れた大きな川へと従兄弟たちと泳ぎに行った。

うちの兄妹は従兄弟の中では一番小さい部類だった。一番上の従兄弟はもう成人してたかどうかだったから、まあその監視下なので安全ということだったのだろう。

その川は信濃川の支流で近くの山を水源として流れ下ってきていた。

水は綺麗で澄んでいて川底は砂地で石を持ち上げると名前の知らない小魚がいた。

年長者は結構広い川幅を横に渡る様にして泳いでいた。

その横を川に渡したロープに繋がれた渡し船が通って行く。

「泳ぐか?」

年長者の従兄弟たちが聞く。

「うん。」

自信なさそうに答えたのをニコニコしながら従兄弟たちが見ている。

「大丈夫さ。浮き輪付けてやるから。」

浮き輪を付けて恐る恐る水の中に入って行く。

岸に近い所の流れはそれ程でも無く自分で帰って来れる。

それに気を許してより川の中央にたどり着いた時だ。グッと強い力を受けてあっと言う間に浮き輪が下流の方へ流れは出した。

ジタバタして岸の方に泳ぐが水の勢いが強すぎて全く近づかない。

従兄弟たちのちょっと驚いた様な顔が流れて行く。

いや流れているのはこちらの方だ。

流されながらも、この川は信濃川に繋がっていてその先は日本海、と妙に冷静に考えていた。

目の前の景色が川が右に大きく曲がって行くために塞がれて何も見えない。

そしてその中にスピードを増しながら入っていく。

(もう帰ることはできないんだろうな)

今度はそんな思いが襲い涙が溢れてきた。

???

カーブを曲がると身体が外側へと流されていく。そこは砂が溜まった浜辺のようになっていた。

必死の思いでバタ足をしていくと足が川底に触れる様になり、息を切らせながら岸に這い上がった。

「やっぱりここに流れ着いとった。」

見上げると従兄弟たちの顔。

いつもこの川で泳いでいる彼らには、どこに漂流物が流れ着くかの知識があったのだ。

それで自分が流された時、大急ぎで岸を走ってここまで来ていたのだった。


それから大人になってからも、その時のことを夢で見る。

(あのまま流されていたら一体どうなっていたのだろうか?)

あの時、自分は本当に助かったんだろうか。あの川の曲がり角をまわった所から入り込んだ別の世界にいるのではないだろうか。

そして従兄弟たちは未だ川の曲がり角の向こうに消えた自分を探し続けているのではと。


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