口下手童貞少年、ナンバーワンホストになる ④ 別れ編
2月の終盤ぐらいになった頃であった。
私もやっとアイスと水を運ぶのは安心できるというぐらいのレベルであったが、
そのアイス・水の任務で存在価値を出せるようにはなっていた。
そんな事は誰でもできるのだが、初日に比べれば進歩していた。
営業終了後にいつも通りに駅へ向かおうとするとSさんが、
S「おい、K!ちょっと手伝ってくれへんか?」
私「わかりました。何を手伝うんですか?」
もう店には私とSさんだけだった。
他の従業員は女の子と帰ったホストもいれば、自分の家に帰ったホスト。
従業員の寮があったので、その寮へと帰ったホスト。
全員もう店を出ていたのだが、私は家に帰るのが電車という事もあり、面倒臭くて店で営業終了後も少しダラダラしてから帰るというのが日課になっていたからだ。
両親に仕事を伝えていなかったというのも原因の一つであった。
遅い時間に帰る方が、両親とも働いていたので顔を合わせなくて済むからだ。
S「ちょっと荷物運んでほしいんや。」
実はSさんは三重県の関西寄りの出身だったらしいので基本的には関西弁であった。
三重県は東海地方と関西圏の中間に位置しており、
関西圏に近づけば近づく程、関西弁を使う人が多くなるという県である。
私「了解です!」
Sさんが、車を持っているのもその時に初めて知った。
ホストには似つかわしくない後ろが荷台になっている日産のダットサンというトラック型の車であった。
私「Sさん、車持ってたんですね!」
S「いや・・まぁな。家から持ってきたんや・・・。」
Sさんは寮に住んでいた為、寮へ向かった。寮は店から車で15分程度の場所にあった。
S「一回ちょっと寮の様子見てくるわ。」
といいマンションの寮として借りている5階の部屋へあがり15分程度たってからまた車に戻ってきて、
S「大丈夫やった。みんな酔っ払ってグッスリ寝とるわ。部屋にあがろか。」
Sさんは荷物を運んで欲しいと言ったが、あまり荷物はなかった。
その時の私が見ても、ちょっとそれは着たくないなぁという柄のスーツが3着程度、靴は一足。
その他は・・・覚えてもいないという事はやはり大した物ではなかったのであろう。
二往復ぐらいしただけでもう荷物運びは終わっていた。
S「ありがとな。飯食いにいこか。」
私「ありがとうございます!」
二人で店から少し離れたファミリーレストランへ向かった。そしてファミレスでいつも明るいSさんが、いつになくちょっと渋めの声で話をし始めた。
S「今日荷物運ぶの手伝ったの誰にも言うなよ。」
私「えっ?はっ、はい!わかりました。」
S「俺な・・・今日で飛ぶから。」
私「まっ、まじっすか!?」
それからSさんはポツポツと自分の事を話し始めた。
S「俺な、実は結婚してんねん。子供もおる。
三重県に嫁さんがおるんよ。
ホストやってみたかったから嫁さん説得して始めたんやけど・・・。
俺はだめやった。俺には向いてなかったみたいや。」
私「結婚・・・・・されてたんですか・・・。」
S「先月で保証も切れた。今月、お客さんなんて呼べてへん・・・。」
私「・・・・・。」
S「ていう訳や!だから手伝った事は言うなよ。言わん方がKにも迷惑かけへんからな!」
私「・・・・・わかりました。」
食事を食べ終わった時には、昼過ぎぐらいになっていた。
そのファミレスから一番近い駅へ送ってもらった。
S「俺は無理やったけど・・お前は頑張れよK!」
私「色々ありがとうございました。Sさんも頑張って下さい!気を付けて!」
Sさんは軽く手をあげ、トラック型乗用車で走っていった。
私は、
(もう、今日からSさんはいないんだ・・・。)
と思いながら、
お昼の交通量の多い幹線道路を走るダットサンが見えなくなるまでその場にいた。
初めて知った「飛ぶ」という瞬間だった。
もちろんSさんの本名は今でも知らない。
人あっての水商売・・・辞めますと言っても素直に辞めさせてくれない前例をいくつか聞いていた。
実家まで追って尋ねて来る。
少しでも借金(罰金やツケ)があれば無理矢理でも店に戻される。
女と飛んだりしたら、女の家にもくる。
名古屋界隈を歩きずらくなる。
車のトランクに詰めて、どこかへ連れて行かれる。
などと聞いてみんな恐れていた。
お客さんを呼べるホストになれば尚更である。
その従業員が在籍している事によって店の売上が成り立っている。
店としてはお金が逃げる様なものだ。
そういった、お客さんを呼べるホストを辞めさせない為に、見せしめとして全ての従業員に対してプレッシャーをかけていたのかもしれない……
しかしまぁ、常識で考えてやれる事、やれない事がある。
ある程度の年数が経った頃には、半分本当で半分ビビりすぎだと徐々に分かってくるのだが……
そういった噂に恐怖を覚え、さらにまだ若く、世間知らずが多いホスト達には、
飛ぶという行為は相当な決心を必要とする事だった。
その日の開店は私が店で寝ていた為、Sさんから鍵を預かっていたという話を作り、私が店を開けた。
営業の最初の方は、もちろんみんな驚いていた。
出勤時間になってもSさんは出勤していない。
当然Sさんの出勤時間は0時。
売上が無い人が出勤しなければいけない時間だ。
電話をしても携帯の電源は入っていない。
その条件が重なるとだいたい察しはついたのだろう、その日の営業終了間際には、すでにSさんがいない営業が当たり前になっていた。
・・・・私のアイス・水運びが忙しくなったぐらいだった。
ちなみに余談だが、Sさんの足の臭いは小型犬であれば4匹は即死させる事ができるのではないかという程の強烈なスメルであった。
今考えれば、靴下を変える余裕もないぐらい追い込まれていたのかもしれない・・・。
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