ミスター・マニアックの英語放浪紀

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 名古屋大学の学生だったころ、授業を面白くするための方法論を解説しているT教授の授業があまりにつまらなくて、教室内は寝ている生徒が続出でした。おかしくないですか?

「経営学の教授が本当に経営したら、会社がつぶれる」

 というのが、本当に思えました。

「学歴などで人を判断するのは、間違っとる」

 と言っていたM教授が、コンパで酒がまわると

「オレは東大卒だぞぉ!」

 と、叫んでましたね。

 でも、決定的だったのは、私が卒論で

「キリスト教の教えの因子分析をやりたい」

 と言ったら、指導教官が

「聖書など矛盾した言葉の羅列にすぎない」

 と、一言で否定されたこと。

 私の指導教官は、もう亡くなられました。でも、実名をここに書いても知っている人は、日本全国で数名ほどでしょう。つまり、まったく影響力がない方。それなのに、2000年にわたり世界中に影響を与えてきた聖書を一言で否定されました。

 私は、心の底から

「大学の教授って、ロクなもんじゃないなぁ」

 と思いました。文系の先生ですよ。理系の先生方は、ちゃんと実験して客観的な論証をされているはずですから。

  いずれにせよ、

「私は、絶対にあんな先生にはならない」

 という反面教師にさせてもらいました。

 

 ところが、社会に出たら

「中学校の教師は、大学の先生より、もっとヒドイ」

 と、知りました。なぜって?

 社会に出たら、就職でも結婚でも「学歴」がモノを言う。ところが、ここ三重県の中学校では

「学歴なんか関係ない。順位をつけるなんて、とんでもない。偏差値?追放!」

 って、今もやっているんですよ。現実無視の、左翼教育なんです。私は義憤にかられましたよ。

「本音でいこう!!」

 それが、私が塾を始めるきっかけでしたね。

  ところが、塾や予備校もヒドイもので、できもしないのに

「絶対に成績をあげます」

 なんて言って集客しているんですよ。英検2級なのに、英検準1級に合格している生徒をしている講師がいました。四日市高校を落ちたのに、四日市高校受験生を指導し、京大を落ちたのに京大受験生を指導している講師がいました。

 いや、ほとんどがそういう講師でした。サギですよね。

  クリスチャンは、ウソがつけない。正直でないと、いけないんです。


1、問題意識

  京都大学の入試問題って、珍しいんですよ。調べれば分かるけれど、伝統的に「英文和訳」と「英作文」のみなんです。穴埋め、並び替え、書き換えなどの客観テストがほとんど無いから、採点基準が分からないんです。

「どのような基準で採点されているのか」

  と、教師や予備校の講師に尋ねても無駄だよ。正確に答えられる教師、講師はいないから。

  でも、京大に合格したい人は、どうしても知りたいよね。

  1974年の大学受験の5日前を迎えたときのこと。

  2階の勉強部屋で数学の勉強をしていたら、突然手足が震え始めて椅子からズリ落ちてしまったんです。そして、

「お父さん、ボク変だ」

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