第4話 最初の月末「社長、1,000万円足りません」

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と、どこかのビジネス書で読んだ気がするが、それはあながち間違いでは無い。いや、半分どころか10分の1すら生産性を出さなくなる人も多いと思う。働く従業員一人一人が、企業再生の重要な鍵なのに、そんなことをしてしまったら再生できるものもできなくなってしまう。

勿論、企業は、どの支払い先にもキチンと決められた期日に支払いをしなければいけないのは当然の責任だし社会のルールだが、企業経営は綺麗事だけでは上手くいかないことも多い。特にお金が絡む非常事態には"支払う順序とタイミング"をどう判断して乗り切るかによって、その後その企業が天国に行くか、それとも地獄の釜に真っ逆さまに落ちていくか、生死を分けることになるのである。

僕はこの時、最初に銀行やリース会社の返済、次に税金関係、それでも足りなければ社会保険や年金、店舗の家賃、最後の手段で取引先。そして社員の給与に手をつける時は「もう会社再生を諦めて終わる時」という風に、支払う順序に明確な「ルール」を決めて経営陣と必要な各管理職と共有した上で、具体的に支払いを伸ばす先、すぐに支払う必要がある先を、一つづつ、入念に1円単位で確認しながら資金繰りにあたっていった。

さらに同時進行で銀行以外にも、資金調達ができそうな先にも方々手を尽くして当たっていた。

(個人の資産家が、自分の資金を個人的に運用するような投資カンパニーならば、小回りが利くかもしれない。)

藁にもすがる思いで知人のツテをたどり、数社に融資の打診を行ったものの、決算書と試算表を見ただけで、軒並み断られ続けていった。(現実は甘くないな・・)と、半ば諦めかけてきたところに、実業家S氏のプライベートカンパニーが強い興味を示してきた。

度々メディアにも登場するこの実業家S氏は、一代で売上高数千億円の企業を興し、企業再生の雄としても名を馳せている有名なベンチャー経営者だ。ぬかりやビルに現れたS社長の代理人を名乗るスーツ姿の男性は、オンデーズの決算書と資金繰り表、僕の作った事業再生の計画書に目を通し終わると、いくつか在庫や、デベロッパーに差し入れてる保証金について質問をした後、自信ありげにこう告げた。

「今後の展開がたいへん興味深いです! 取り急ぎご用意できる融資金額は5,000万円。リスクマネーにつき金利は最低15%になりますが、大丈夫ですか?」

「はぁ、・・じゅ…じゅうごパーセント…?」

僕と奥野さんは顔を見合わせたが、背に腹は変えられない。

「流石にリスクが高いので、これくらいの金利は頂かないと。それにウチが運用しているのは、あくまでSの個人的な資産ですから。」

「解りました。それでお願いします。とにかくあと1週間しかありません…」

「それでは、資料を全てください。S本人が立ち会う案件の審査会が3日後にあるので、そこで諮りましょう!」

(よかった、とりあえず今月はこれで助かるかもしれない…)

奥野さんは、万が一に備えて各取引先に月末の支払を少し待ってもらうように交渉するよう各部署に指示を出しながらも、ちょっとホッとした表情を見せていた。

そして約束の3日後、この担当者から奥野さんへ電話で連絡が入った。

「S本人が本件を否決しました。申し訳ありません…」

「1円も出ない、謝絶回答ということですか・・?」

「そういうことになります。」

S氏から見ても当時のオンデーズは、たとえサラ金並みの高い金利を取ったとしても、5,000万円の資金を入れる価値は無く、再生の可能性がゼロどころか元本回収さえも難しいと判断されたようだ。

しかし、もはやショックを受けている時間の猶予すらない。

他にもベンチャー企業へ積極的に投融資を行っている企業を中心に回り、資金の提供を仰いだ。

六本木ヒルズや恵比寿ガーデンプレイスといった大都会の中心にそびえ立つ煌びやかなビルに、オフィスを構えるそんな会社の応接室で、僕たちは連日、必死にオンデーズ再生計画のプレゼンをして歩いた。

しかし、当時は全くネームバリューも無いオンデーズにリスクマネーを入れようとする奇特な相手は登場せず、にべもなく全て断られ続けた。

「なるほどね、わかったよ。1億円を1年だけ貸しても良い。ただし君の持株を全て担保にもらうのが条件だ。1年後に返済が出来なければ、会社は僕のものだ。それでどうだ?」

以前から親交のあった、ある個人の資産家からは、目白の豪邸でそのような提案を受けたこともあった。心は揺れたが、RBSや銀行との約束、後に残される社員のことを思えば、そんな危険な条件を、まだ再生に向けて何の挑戦すらしてもいないこの段階で呑むことは出来ない。僕は下を向いて唇を噛みながら丁重にお辞儀をして辞退をした。

しかも更に追い討ちをかけるように、複数の取引先から担当者のもとへ「経営が変わった直後に支払を遅らされるなんて、到底受け入れられない」と拒絶する回答が次々と返ってきており、期待していた先のほとんどが支払いを伸ばせそうにない状況に陥っていた。

奥野さんはオフィスの片隅で吠えていた。

「とりあえす閉店店舗の原状回復に使った工事代金と社会保険料を1週間だけ繰延べする!それから売上金を銀行へ入金しに行く店舗へは『朝イチに必ず入金しろ』と電話をかけて徹底させて!半日でも遅れるとアウトになるかもしれないぞ!!」

只ならぬ緊迫感に包まれ、経理の大里も必死の形相で店舗に電話をかけまくる。そして、月末まであと1日と迫った日の深夜、奥野さんから僕の携帯電話にメールで連絡が入った。

「今月末は、どうやらなんとかなりそうです・・。」

「良かった。それで、全部支払った後、月末の預金残高はいくらくらい?」

「20万です」

「残高が20万・・」

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