第3話 荒れる海で眼鏡を回せ。

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後編: 第4話 最初の月末「社長、1,000万円足りません」

「オンデーズを再生するには、この回転すし店と同じようにならないとダメだな・・・。」


「回転すしのお店と同じにですか?」


本社のほど近くにある回転すし店。僕は、長尾貴之(現東南アジアRM)、近藤大介(現情報システムGR)と3人で、少し遅い昼食を食べながら話していた。


長尾と大ちゃんは僕が20歳の時に埼玉県の上福岡市で、小さな漫画喫茶を創業した時から一緒に仕事をしていた創業メンバーで、買収以前に経営していたデザイン会社の残務を整理してから、僕に続いて1ヶ月程遅れてオンデーズに合流してきていた。この二人の他にも、民谷亮(現店舗設計施工GR)、坂部勝(現ブランディングGR)秋山加代子(ブランディングGP)他、10名程も一緒にオンデーズに入社させており、起業時から苦楽を共にしてきた彼らは、当時、招かれざる客としてオンデーズ内で孤立する僕にとって、大事な数少ない応援団だった。


「寿司っていうのは昔、俺たちが子どもの頃は高級品だったろ?大切なお客さんが来た時とか、記念日にしか食べられない贅沢品だった。」


「まあ今でもカウンターだけの高級な寿司屋なんかは、社長と違って自分たち庶民にはなかなか行きづらいですけどね。」


長尾は回転すし店ばかりでなく、たまにはカウンターの高級な店にも連れて行けと暗にリクエストするが、オンデーズの再生で余裕の無い僕は、無視を決め込んで話を続ける。


「それが数十年前、回転すし店が登場したことによって、1皿100円で誰でも気軽に食べられるようになった。単純に高かったものが安くなると、それだけでそこには大きなビジネスチャンスが生まれてくる。年に数回しかお寿司を食べなかった人が毎月のように食べるようになったり、安くなった分、今までよりも、もっと多くの量を食べるようになる人も出てきたり。その結果、売上が伸びていき、市場全体も大きく拡大させることになっていく。今では回転すし店という業態は、それ自体が昔ながらの職人が握る鮨屋とは全く別の、新しい業態として成長して、今では世界中に展開されるビッグビジネスになった。回転すし業界の上位3社の売上の合計は5,000億円以上にものぼるらしい。おい、ちょっと、話聞いてんのか?」


こんな理屈っぽい話より、もっぱら目の前の寿司に集中したそうな長尾と大チャンを制すように、二人が取ろうとした寒ブリの皿を右手で堰き止め、僕は更に自分自身の考えを整理するかのように二人に向かって話し続けた。


「これは俺たちが新しく挑戦するメガネ業界にも言えると思うんだ。お寿司と同じように、俺たちが子どもの頃はメガネがとても高かっただろ?サッカーボールが顔に当たってメガネを割っちゃったりすると、『あーあ、3万円が・・』みたいな。

その頃のメガネはどちらかというと、医療器具としての側面がかなり強かったから、値段がいくら高くても、視力が悪くてメガネが必要な消費者は黙って買ってくれていた。ところがバブルが崩壊した後、不景気になり、デフレが始まってからは、メガネの世界にも、どんどん価格破壊の波が押し寄せてきて、Zoffを筆頭にJINSや眼鏡市場などの、価格の安さやファッション性を武器にしたメガネチェーンが凄い勢いで台頭するようになった。そして、俺たちがこれから手がけようとしているオンデーズもその中の1社だ。」


「あーそう言えば、メガネが安くなったお蔭で、メガネを何本も持つ人や、頻繁に掛け替える人が増えて、1本辺りの販売単価は下がっても全体の本数が増えたので、市場規模はむしろ増えているとかいう話しを、前にどこかのニュースで目にしたことがあるなぁ」


大チャンは、身長184cm、体重120kgオーバー、。一見するとプロレスラーに見間違えられそうな鍛え上げられた巨漢を、窮屈そうにボックス席に押し込みながら、テンポよく寿司をつまんでいる。僕の話に納得したように返事をしながらも、殺し屋のような鋭い眼差しは流れてくる寿司ネタの群れを一点に睨みつけて、次の獲物を狙っている。


僕はレーンを堰き止めた右手を解放し、流れて来たかんぴょう巻き一口だけつまみ、お茶で喉を潤した。


「回転すし店が儲かるとなれば、ライバル店もまたどんどん現れる。市場が拡大している間は、新規参入する企業が沢山現れても、そこそこ皆が儲けていられるからね。しかし、人間の胃袋は無限じゃない。やがて市場の拡大はどこかで限界を迎える。そうなると、一転して今度は淘汰の局面を迎えることになる。ただ安いだけではダメで、美味しさはもちろん、駐車場が広くて停めやすいとか、待たずに座れるとか、常に新しいメニューがあるといった、様々なこともお客様から比較されるようになり、面白みがなく、経営努力の足りない店は、次第に消費者から飽きられて敬遠され、潰れていく」


「そういえば、ここの回転寿司もネタの鮮度が悪いですね。このマグロなんてゴムみたいな味してますよ。」


長尾は魚の鮮度に文句をつけ始めたが、寿司を取る手を緩める事は無い。この二人には「遠慮」という二文字が欠けている。僕も食事中の二人に遠慮なく話を続けた。


「この『淘汰の段階』に差し掛かろうとしてるのが、丁度まさに今のメガネ業界なんじゃないかなと俺は思うんだよね。新興チェーン店の参入によってメガネの価格が大幅に下がり、市場の拡大が一気に進んだ。その成功を見て、多くの大手メガネチェーン店が安売り路線の別業態を作って参入してきたり、既存のお店の売り場にも低価格のメガネを沢山並べるようになった。しかし、市場の成長が止まるやいなや、たちまちオーバーストア状態になり、弱いところから淘汰が始まってきた。まさに今がそんな感じ。」


「オンデーズも『安さ』を武器に事業を拡大してきたけど、ここにきて足踏み状態に陥った。それは危機感を感じた大手チェーンが続々とこの業界に参入し、なりふり構わぬ安売り攻勢をかけてきた影響が大きくて、まさに『安さは安さに負ける』という格言通りになった。そんな感じですかね?」


寿司をひとしきりつまみ終え、充分にお腹を満たした長尾は、ようやくまともな返事を返してきた。事前に今回のオンデーズ買収計画を僕から教えられていた長尾は、持ち前の勉強熱心さをフルに発揮して自分なりにメガネ業界のことを勉強していたらしく、僕の話の意図をすぐに飲み込んでいた。大ちゃんは、フンフンと頷きながら、まだ黙々と寿司を口に運び続けている。


「そう。そして、圧倒的な勝者がまだ出ていないこの業界では、これからも当分は生き残りをかけた新興メガネチェーンを中心とした激しい戦国時代が続いていくと思う。オンデーズも、このままの状態では必ず淘汰される。生き残るには、回転すし業界と同様、まずは上位3社には最低残らないと生き残れないと思う。」


「でもさあ、正直言って今のオンデーズは、まず真っ先に淘汰されるようなポジションにいるじゃん。社長が再生に乗り出したからには、何か具体的な策があってのことなの?」


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