第5話 改革開始

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2008年5月



「社長、社長、起きました?」



長尾が、ハンドルを握りながら僕に声を掛けた。



「おう、いまどの辺?」



僕は寝起きの目をこすりながら、タバコに火をつけて一服ふかすと、飲みかけの缶コーヒーをグッと乾いた喉元へと流し込んだ。



「さっき蔵王を過ぎたので、もうすぐ仙台に着きますよ。もう一眠りしますか?」







僕と長尾は朝から茨城と福島で3店舗のお店に臨店したあと更に北上して、次の視察の目的地、宮城県の仙台市に向かって、夕暮れの東北道をひた走っていた。


ドタバタの社長就任から早くも2ヶ月あまりが過ぎようとしていたこの頃、僕はデスクワークの合間を縫って長尾の私物の軽自動車”スズキのアルト”に乗り混んでは、北は秋田県から南は宮崎県まで、全国のあちこちに点在している58店舗を一店舗づつ視察に回っていた。この当時、長尾は僕の秘書兼運転手でもあり、生活のほとんどの時間を一緒に過ごしていた。



「いや、大丈夫。あー、すっきりした!」



僕は両手を突き上げて背伸びをすると、ゴキ、ゴキと首を鳴らした。



「車内、寒くないっすか、少し車内の温度上げましょうか?」



「いや、大丈夫。このままでいいよ。」



「それにしても社長も頑張りますね。オンデーズに乗り込んで以来、ここのとこ連日連夜、ぶっ続けで社員達と飲み会続きじゃないですか。社長あんまり酒好きなわけでもないのに、身体でも壊すんじゃないかと、いつもヒヤヒヤしながら見てますよ。」



「はは、酒で体を壊すほど弱くもないよ。まだ若いから。でもさぁ、ぶっちゃけオンデーズって、会社の雰囲気が公務員みたいだと思わない?男性の社員たちなんてさ、皆んな地味なスーツに七三分けでさ。笑顔もなければ一体感もない。こんな元気のない会社で、一体誰がメガネを買ってくれるんだろうって、俺、素朴に疑問を感じちゃったんだよね。」



「僕も、地味で覇気がないな~というのが第一印象でしたね」



「長尾もそう思ったろ?俺たちは”メガネ”というファッションアイテムを売っている会社なんだからさ、まずは社員が元気で明るく、カッコよく仕事していないと話にならないと思うんだよね。」



「それで明るく元気な社風に変えるために、皆んなを飲みに連れ出してるというわけですか?」



「そう。とにかく、まあ、ベロベロになるまで酔わせて、羞恥心を取り払って大きな声で笑えばさ、少しは社風も明るくなるんじゃないかなと思って。それに酔いに任せて本音を闘わせれば、会社が抱えてる問題や、ダメな部分の本質にも辿り着きやすくなる。小難しい顔で説教を垂れるよりは、はるかに効果的で手っ取り早いじゃん。」



「泥酔するまで酒を飲ませるのも、社長の再生計画の一つだったんですね(笑)でも、確かに若手を中心に笑顔も増えたし、活き活きとした社風に多少は変わってきたような気もしますよ。社長の考えとか、方針を強く支持しているような若いスタッフもチラホラ出てきたって聞くし。」



「みんな結構いいやつらだよ。最初は遠慮して当たり障りのない話をしていたけど、酔いが回るにつれて、まあ愚痴や文句が、沢山出てくること出てくること。

でもそれも、決して悪い事じゃない。”会社を良くしたい”と思うから愚痴や文句が出てくるわけだし。本当にもうこんな会社なんてどうでもよくって、さっさと辞めるつもりなら、文句も出ないじゃん、無関心になるだけ。

愚痴や文句がこれだけ沢山出てくるっていうことは、ポジティブに捉えれば、少なくともまだ『オンデーズで働いていたい。だから良い方向に変わってほしい。』という願いがあるからこそだと思うんだよね。

そしてそこに、改革の大事なヒントが隠れてると思う。だから、まずはその皆んなが抱えてる不満や、愚痴、文句をしっかりと聞いて、何から順に改革していけば良いのかの参考にしたらいいと思うんだよ。

会社が良くならないと自分の暮らしも良くならないってことは、誰もが心の底では理解しているから、みんな本質的な問題をきちんと見抜いている。でも今までは、そういう熱い想いを持っている人もいるのに、内に秘めて誰も声には出さずに、ただ上からの指示を待っているだけだった。だから、オンデーズはダメになった。そんなことを発見できただけでも、この1カ月間飲み歩いた甲斐があったってもんだよ。」



「好きだからこそ文句も出るってわけですかね。でも、それなら何も、こんなに無理なスケジュール組んでまで、いきなり全部のお店を回る必要なんてあるんですか?とりあえずは関東の近場のお店だけでもガッチリと入り込んで、営業のやり方を見直した方が良いような気もしますけど・・」



「うん。まあ、確かにそうなんだけど、色々と手をつける前に、最初にちゃんと全部のお店の状態を見て回っておきたくて。あとまあ言ってみればまあ、これは義務みたいなもんでもあるし。」



「義務、ですか?」




長尾がルームミラー越しに意外そうな顔で僕の次の言葉を待っている。僕は多少、勿体付けるように寝起きの一服を嗜みながら、ゆっくりと話し始めた。




「そう、俺を含む新しい経営陣はオンデーズで最もオンデーズを知らない人間達だろ。このままでは再生はおろか、まともな経営なんて勿論できるわけはない。メガネに関してだってど素人だ。そして残念ながら、社内も決して1つにまとまっていない。2人の前任の社長達が残したバラバラな経営方針が、今なお、まだらに広がっているせいだ。これらの実態を正確に、しかも短期間に把握するには、実際に現地を回り、お店をこの目で見て、働いているスタッフ達の生の声を聞く以外無いだろ。

・・・って偉そうにいってるけど、まあよく巷で売られてる『企業再生物語』に出てくるようなエピソードでさ『社長が全国の社員と車座になって膝付き合わせて語り合った。』みたいなシーンがよくあるじゃん。ああいうのを自分でも実際にやってみたいなと思って。」



「確かによくありますね、そういうシーン。『倒産寸前の会社で新社長が、現場をまわって社員と皆んなで酒を酌み交わして再生に向かって一致団結して行く!』的なやつ(笑)

でも、それならせめて、もう少し時間とお金をかけて周りましょうよー。せっかく全国を旅して周ってるというのに、こんなにバタバタなスケジュールじゃあ、各地の名物料理も観光地も楽しめやしない・・。

秋山さんに聞いた話だと、本部の連中達なんか僕たちが会社を留守にしてる時に『新しいバカ社長は会社の金で全国を遊びまわってやがる』とかって、陰口まで叩いているらしいっすよ。こっちは遊ぶ金どころか、寝る時間すらないってのに!! メシはすぐに食える牛丼か立ち食いソバ、風呂と宿泊はサウナかカプセルホテルだし・・。それなのに、そんな言われ方までされて、全くやってらんないっすよ!!」




長尾は、憤慨してハンドルをバシンと叩きながら、本部の社員に届けとばかりに、叫んでみせた。




「あ~、仙台でゆっくり牛タン食いてーなー、あっ!あと名古屋で、ひつまぶしもいいですねぇ!名古屋にいったら、前に社長が言ってた、ひつまぶしの名店”熱田蓬莱軒”でしたっけ?ねえ!あそこ行きましょうよ!!」




僕は子供のように駄々をこねる長尾を嗜めるように言った。



「まあ、言いたい奴には言わせとけよ。残念だけど、今の俺たちには、そういうガキみたいな陰口しか叩けない奴らに構ってる時間もお金も無いんだから。とにかく全国のお店のスタッフが、毎時間、昨年の今日よりも”あと1本”。たった1本だけでいいから多く売ってくれるようにモチベーションを上げていかなきゃいけない。

そしてあと”あとたった一本”多く売るだけで、今のオンデーズが抱えてる、ほとんどの問題は解決するはずなんだ。」




「毎時間、昨日の今日よりも1本多く売るだけで全部解決するってどういうことですか?」




「そうだよ。綺麗に全部解決する。全部ね。」




「ん?どういうことっすか??」



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