あの時、もしラーメンを食べていたら・・・③

前話: あの時、もしラーメンを食べていたら・・・②

死因は…


目の前で起こった事をウソだと信じたい。



ロビーから外の様子を見た、

父が亡くなった日の天気は雨が降り出しそうな暗いくもりだった。

なぜか、天気とか覚えておきたかったので、覚えている。



それから、父が大学病院での研究のためか臓器など取り出されて遺体が戻ってくる間。

家族が待つ場所に通された。


一番下の弟がキャッキャとふざけたり遊びはじめた。


お母さんが

『(弟の名前)は、まだ、お父さんが死んじゃった事がわかってないのかもね。』

っと。


それを聞いてまた、私は泣いた。





死んでるお父さんが処置を終えて

部屋に運ばれてきた。

そしたら弟も泣き始めた。こんなもんなんだろうか…





それからは通夜や葬式の準備。


たぶん、色々な人に声かけてもらったけど覚えていない。



覚えていることといえば

通夜の精進落で当時の担任(男)が父と会った事もないくせに、お酒を飲み、料理を食べ誰かと話して大笑いしていた。



こっちは隣の部屋で長い長いお経と正座の足の痛みと悲しみでいっぱいだったのに。先生の笑い声が聞こえる度にイラついた。


それから担任の事は大嫌いになり

先生に「私、先生の事、大嫌い」っと何かの拍子に言ったことを覚えている。笑



火葬も終わり

朝起きると母は毎日、お骨の前にいた。

声をかければ、動き出すのだけれど…


私はというと、父親が死んでしまって「かわいそうな子」とみられるの嫌だった。

同情めいた事も言われなくなかった。

クラスの子が私が休んでいる間ノートをとってくれて私より、100倍キレイにノートとってくれて本当、それはうれしかった。

そして、私の結婚式のとき、バージンロードを一緒に歩いてくれる人は誰なんだろうと思っていたりした。





基本的にドライな家庭なのでわりと日常を取り戻すのは早く

父親の話をすることもだんだんなくなっていった…




そもそも父親は家庭より仕事優先タイプの人間で

弟はお父さんと過ごした記憶がほとんどないというくらいだ。



でも、私にはお父さんと過ごした記憶が何個ある。



・お風呂に一緒に入るとお父さん、いつも髪を洗ってくれて、最後に必ず「かゆいところはないですか?」って聞いてくれたこと


・お父さんは怒ると怖いけど、習い事の帰りにケーキを買ってくれたりしたこと


・お小遣いをくれるときは、手に隠したりして遊んだりして最終的にくれるパターン


・いつも庭できれいな花を育てていたこと。


・タバコをぷかぷか吸いながら庭いじりが好きだけど、虫は大嫌いだったこと。





結局、死因は肺がんだった。


そもそも思い起こせば、夏の終わりに田舎へ行ったとき

3~4時間の運転がきついから新幹線で来たんだ思う。

来てからも、体調が悪く寝込んでしまったのも、そのせい。

一緒にラーメン食べれなかったのも、そのせい。


癌だって、わかってたらサイダーなんて買ってこないし

癌だって、わかってたらもっと、沢山お見舞いに行ってた。



何度も。「はい!ドッキリでしたー!」とか言って父が家に戻ってこないだろうかと考えてもみた。

それでも、私がどう考えても父が戻ってくることはない。



「ゆきちゃん、やっぱりラーメン食べいこうか」

って言ってくれたのに

行かないと断ってしまったこと…


あの時、もしラーメンを食べていたら…





最後までお読みいただき、ありがとうございました。


どういう風におわりにしようか迷いましたが、とりあえずこのままで…




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