ありのままで。なぜワタシはアンコールワットでアナ雪を歌うのか
「移住を決断するのに勇気は要りませんでしたか?」
そんな質問をされることがあるのですが、
はっきり言って先に対する不安はまったくありませんでした。
その当時持っていたものといえば、
・未来に対するワクワク
・新生活像とヴィジョン
のみ。
とにかく楽しみで仕方なかったのです。
勘違い気味のSAMURAI、カンボジアに現る。とりあえず、楽しそうなこと全部やってみた
カンボジアに移住するちょっと前に、
YouTubeで「ぢゃがいもチャンネル」を開始しました。
始めた理由は、
・ワタシが旅行者視点でカンボジアの情報を探した際、「情報が少ないな」と感じたこと。
・自分がメディアになれるって、楽しそう!
といった感じの、やっぱり軽いノリですw
カンボジアの地で作務衣(さむえ)を着て、
刀をつけて「SAMURAI芸人」として名を馳せよう、と。
刀をつけて「SAMURAI芸人」として名を馳せよう、と。
そんな夢を持ってスタートさせました。
シェムリアップ移住後、実際に作務衣&雪駄(せった)を履いた姿で街を闊歩していたんですが、
移住のサポートをしてくださった日本食レストランの女将さんに
「あんた~恥ずかしいからほんまやめて~!」と関西弁でよく怒られていました。
※シェムリアップにて現在も営業中の老舗ゲストハウス「ヤマトゲストハウス」にて。
カンボジア生活をスタートさせた後、
「カンボジアぢゃがいも情報局」というブログも書き始めました。
書き始めたきっかけは「楽しそうだから」の1点。
あとは日本に住む家族への「安否確認」アイテムでもありました。
ブログを書いているうちは、「元気で過ごしている」んだとw
楽しそう!× 軽いノリ
はここでも顕在。
はここでも顕在。
もしかして、ちょっと痛い人だった!?移住直後のキャラ設定迷走期
シェムリアップはまだまだ小さい街です。
在住の日本人は600人程度しかいないと言われています。
当時はさらに少なかったようです(200人程度)。
それならば、
住んでいる日本人全員に「ぢゃがいも」の顔と名前を覚えてもらおう!
「ぢゃがいも」というキャラクターを売り込もう。と意気込みました。
先ほども書いた通り、
「ぢゃがいも」を広めるべく
日本から仕込んできたアイテムは「作務衣」「雪駄」「日本刀(模擬刀)」の3点。
当初のキャラ設定では「ぢゃがいも=SAMURAI」かなーと考えていたのですが、
偽物であっても帯刀(たいとう)してるとカンボジアの警察になにか言われるのでは?
と変なところでビビッてしまったりw、
間違えて作務衣をローカル洗濯屋さんに出したところ、破れて返ってきてしまったり、
(たわしでゴシゴシされたんでしょうね・・・。失敗しました・・・)
「あんた~恥ずかしいからやめて~!」という声があったり。
そんなこんなでSAMIRAI芸人は断念しました。
そして、方向転換して生まれたコンセプトが
ぢゃがいも&うさぎでした。
ぢゃがいも&うさぎでした。
イイ年してどんだけ~??行きついた先は「ぢゃがラビッツ」
カンボジアで有名なお土産屋さんのひとつに、
SMATERIA(スマテリア)というブランドがあります。
イタリア人デザイナーが立ちあげたブランドで、
不要になった網などを用いてバッグや小物などを作っています。
シェムリアップとプノンペン。
両方の空港にもショップがあります。
両方の空港にもショップがあります。
そこで売っていた、うさぎリュックサックに一目ぼれしたワタシ。
その日から、愛用していたヘルメットをうさぎ仕様にしてしまいました。
はいっ‼「ぢゃがラビッツ」の完成です。
「ぢゃがいも」なのに「うさぎ」!
というギャップ戦略ですw
冷静に考えてみると、
「30歳手前のおっさんがうさぎなんか背負って、どうよ?」
とも思うんですが、
それが「ぢゃがいも」というキャラになることによって許される。
そう思って突っ走ってました。
そう思って突っ走ってました。
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