僕がセブ島で勉強をして恋をして、日本で騙されて、ジャカルタで働いて、夢をかなえた話

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これは私の尊敬する友人が、夢を追いかけた話だ。


(以下、本編)



海外で働きたい



僕にとって英語を勉強する理由は、この一言で十分だった。



実は、自分でも覚えていなかったのだが、小学校の卒業文集にも「将来、海外で働く」と書いていたのだ。どうやらその頃から、海外への強い憧れがあったようだ。



大学時代には「先進国と発展途上国の経済格差をどう是正していくか」といったようなテーマを勉強していた。その過程で、タイの東北地方の農村部へ調査ツアーに出かけたり、インドのカーストにも入れない部族「アデワシー」を訪れたりもした。



その後も、自分ひとりでタイやインドに足を運んだ。

次第に東南アジアのどこかで暮らしたいと思うようになったのは至極自然なことだ。



当時の日本には閉塞感を感じていた。

満員電車の中で下を向いて、新聞読んで、携帯いじって...こうした空気感の中で将来働きたくないなと強く思った。

一方で、大学時代は特に英語の勉強もせず、TOEICの点数も400点以下という体たらくだった。



このままでは、『思い』だけあっても実現しないなと思った。



そこで、大学卒業後は塾の講師になって、中学生に英語を教える道を選んだ。

こうして、将来の海外留学用の資金をコツコツ貯めながら、仕事を活用しつつ基礎的な英語力を固めていった。



2年後にようやく資金が貯まった。



すぐに塾の講師を辞めた。

迷いは無かった。

そして、留学先の検討に入った。



まず、アメリカやイギリスといった欧米圏は費用が高いので除外した。

当時(2009年)はフィリピン留学に関する情報は非常に少なかったが、「英語留学 格安」等で検索したところ、フィリピン・シンガポール・マレーシア・フィジーがヒットした。



これが、僕とフィリピン留学の出会いである。



シンガポールの英語は、「シングリッシュ」と言われ訛りがキツイと聞いていたので候補先からは直ぐに外した。

最終的に、セブならリゾートもあるし楽しそうだな、という感じでセブに決めた。



そう、最後は軽いノリだった。



そして、2009年の3月、真夏を迎えようとしている酷暑のセブに一人降りたった。

セブにある数ある学校の中から、僕はMTMという学校を選んだ。



理由は二つ。

日本人が少ないこと、そして「スパルタコース」があること。


僕は仕事を辞めてセブに来たのだ。

留学したけど英語は身に付きませんでした、では日本に帰れない。

そんなの最低だと心底思った。



絶対にTOEIC 700点を超えてみせると自分に誓った。

自分で自分をそう洗脳したと言い換えてもいい。

そして、そのためには一番キツイ環境が必要だったのだ。



だから、スパルタコースを提供するMTMを選んだのは当然の帰結だった。



学校の授業は確かにハードだった。

朝9時~18時まで授業があって、毎日どさっと宿題が出された。

英語での日記を毎日提出することも義務付けられた。

更に、連日の単語テストが追い打ちをかけた。

そして、平日は外出禁止だった。



そう、とにかく勉強するしかなかった。



授業の後も毎日3時間以上は自習した。

授業の時間を含めれば、勉強時間は1日10時間を悠に超えた。



週末も勿論勉強した。

迷いは無かった。

自分が何のためにセブに来たのかを忘れることは決して無かった。



そもそも、僕には日本に帰ってもやることが無いのだ。

そう、仕事を辞めてきたのだ。



それでも、週末の夜は遊びに出かけた。

さすがに、息抜きをしないと潰れてしまう。



結果的にこの外出が効果的だった。

学校で学んだ英語を、飲みに行ったバーで使ってみるのは楽しかった。



本当にすごく楽しかった。



通じるとか通じないとか、そんなのは二の次だった。

とにかく、日頃の鬱憤を晴らすかのごとく言葉をつないだ。



僕は夢中になった。



海外にいて、外国人と英語で話している自分に半分酔っていただけかもしれない。

それでも良い。

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