生まれてすぐに病気との闘い・・・

幼少期、喘息持ちで何度か救急車で運ばれるような状態だったので

両親は常に気を抜けなかったようです。



その後、喘息からアトピーに切り替わり、

命に関わる病気ではなくなったものの重度のアトピーで

長年悩まされることになります。



母に後から聞いた話ですが毎年、小学校の担任に

アトピーのことで私がいじめられないよう

気にかけてもらえるように手紙を書いていたそうです。

全く知りませんでしたが、親の思いを後から知ることになりました。



実際、私の酷く荒れた手を見た男子から「怪獣みたい!」と言われて

辛い思いをしたことは今でも鮮明に覚えています。

幸い、周りの子たちがかばってくれたのでいじめには発展しませんでした。

今なら「たとえがうまいね!」って切替えしたいところですが

もちろん当時はそんな余裕はありませんでした。

痒くて眠れないこともありながら必死で学校に行ってました。

ひと学期、休まずに通えた時は家族でお祝いするほどでした。



そして、中学、高校と大変ながらも、徐々に強くなっていきました。



大学受験

これが最初の転機です。

父親の転勤で東京に行くことになったので私も東京の大学を目指しました。

指定校推薦がないため、かなり道のりは厳しく推薦入試で落ちてしまいました。

当時、地元の大学を推薦で受けた場合、

指定校推薦なので落ちる人は皆無だったので

周りから「あの子、推薦で落ちたらしいよ」と白い目で見られました。

指定校推薦ではないことまで、みんな知らなかったので仕方ないのですが。

学年中に広まって学年主任の耳にも入ったようで

ある日、それまでほとんど接点のなかった学年主任から

職員室に呼び出されました。

「お前、推薦で落ちたからって何も恥じることなんてないぞ!

 推薦で受かっても、遊びすぎて入学してからボロボロになるやつも山ほどいる。

 本試で受かれば良いんだから!応援してるよ!がんばりなさい!

 受かったら誰よりも大きな字でココに合格!って貼りだしてあげるから」

そう声をかけてくれました。



そこからは周りを気にすることなく更にパワーアップして勉強しました。

もともと頭が良いわけではないので時間で稼ぐしかない、と

毎日10時間以上勉強しました。

母に将来の為に何か手に職をつけた方が良いと、薬学部を勧められたのが

薬学部を目指した動機です。(今思えば、不純な動機ですね。)



薬学部を目指していたので化学を最優先に勉強し、

教科書が真っ黒になるほど一語一句覚えるようなレベルで勉強しました。

そして、結果、合格!

職員室には予定通り大きな字で

「〇〇大学薬学部合格!」

と張り出されました。

もう周りで私のことをばかにする人はいません。

それどころか東京の大学で、しかも薬学部なんてすごいね!

そう声をかけられました。


大学入学・・・

環境が変わったせいか、またアトピー悪化・・・

大変な状態になりました。

父が医薬品関係の会社に勤めていた関係もあり

名医といわれる皮膚科のDrにも診てもらいましたが

匙を投げられるような状態でした。

最強のステロイド効かなくなり、薬を止めるしかありませんでした。

そこから更に地獄・・・

あまりに壮絶な日々だったのでココでは控えますが

親子で何度泣いたか分からないほど生き地獄のような日々が1年くらい続きました。



そして、乗り越えた先に、次は薬剤師の国家試験です。

アトピーも治まってはいなかったのですが必死で勉強しました。

そんなに頑張らなくても良いんじゃない、休んだら?

周りには常にそう言われていましたが

「アトピーなんかに負けてたまるもんか!」

「アトピーだから国家試験に落ちた、そんなことは絶対嫌!!」

と意地になっていました。


結果、努力の甲斐あって現役で合格!

ずっと走り続けてきた感覚だったので本当に嬉しかったです。

何よりずっと支えてくれた両親には感謝の気持ちでいっぱいでした。


そして、いよいよ社会人。

晴れて薬剤師人生が始まり・・・

やっとここまできたのですが次なる転機、試練を迎えます。




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