ブラック会社員が6棟59世帯の大家さんになれた話①(学生から就職まで)

後編: ブラック会社員が6棟59世帯の大家さんになれた話②(不動産会社編)

はじめまして、藤本光秀と申します。


株式会社いきいきコーポレーション 代表

現役不動産投資家


私は現在不動産賃貸業(大家さん)をしながら、不動産投資をこれから始めたい会社員向けにコンサルティングをしています。現在は自由な時間や安定した家賃収入がありますが、数年前の会社員時代には今とは程遠い生活をしていました。

 

もともと私が、資産家だったりお金持ちだったかというと全くそんなことはありません。親はタクシーの運転手、母親は普通の会社員でした。

 

そんな家庭環境で育った私が現在は6棟59世帯の大家さんになり、安定した家賃収入を得ています。



 

しかし、ここまでの道のりは、山あり谷ありでした。今回の記事では私の学生時代の話しから就職に至るまでのエピソードを書いてみたいと思います。

 

私の人生を振り返ってみると、「失敗」がよくあったと思います。例えば、高校受験の時です。中学校3年だった私は、県立高校を一般受験しようとしていました。県立高校受験前にすべり止めで私立高校を受験することがあります。

 

私も受験したのですが、その高校では地元では有名な進学校。まさか受かることはないだだろうと予想していたのですが、合格することができました。この合格が私をおかしくしてしまったのです。

 

なぜなら、その合格を受けて県立高校の受験まで残り数週間というときに調子に乗って勉強しないで遊んでしまったのです。

 

合格発表の掲示版を見ると、自分の番号は見当たらず親に何て言おうか悩んだり、そもそも自分も落ち込んでいたので何も考えられませんでした。

 

そして、帰宅後に母親に結果を伝えると、泣いてしまったんです。今でも母親の泣いた姿は鮮明に覚えています。受験で失敗することがこれほど気持ち悪いものなのかと痛感したのです。そして私もしばらく落ち込んでしまいました。

 

結局すべりどめで受けていた私立高校に進学することになりました。しかし、この受験の失敗がきっかけで私の人生が大きく変わっていきます。

 

 

高校入学後に待っていたのは、進学校ならではの小テストが毎日ありました。これが本当にきつい。テストができないと補修があり、毎日大学受験のための勉強ばかりでした。学校の授業は嫌いでしたが、唯一楽しかったのが部活です。

 

私は小学生からバスケをしており、高校でも続けていました。中学時代の部活の雰囲気とは異なり、先輩後輩の仲もよく自由な感じがよかったです。



 

そして、中学時代の部活と違ったのは、女子マネージャーがいることです。部員の面倒をよく見てくれる人がいて大変助かりました。数人いたのですが、その中でも1つ学年が上の女子マネに私はちょっかいを出していました。

 

そうしているうちにお付き合いするようになったのです。実はこのマネージャーが今の嫁です。結婚してからは7年しか経っていませんが、高校からの付き合いはとても長いです。

 

今思うのは、中学受験で失敗していなかったら、今の嫁とも出会うことはなかったし、かわいい子供3人にも会うことがなかったと思うと、受験に失敗したのは必然だった?なんて最近は思うようにしています笑

 

 

もし今高校時代に戻れるなら、もっと今の嫁にやさしくしておけばよかったと思うんです。高校生の私の頭の中は、小学生レベルの言動や行動をしていて、当時の嫁にはだいぶ迷惑をかけたり不安な気持ちにさせてしまっていました。

 

本当にそれは後悔しています。高校生の時には当然、将来結婚するなんて考えてませんでしたが、もし結婚すると分かっていたら嫁を困らせるようなことはしなかったです。

 

 

その嫁は私よりも1年先に高校を卒業して、いよいよ私が大学受験になります。しかし、高校受験を失敗したことが強烈に頭に残っていたため、受験が怖くなってしまいました。

だから一般受験ではなく高望みはせず推薦入学で進学を決めてしまいました。

 

これはもっとチャレンジしてもよかったと今は思います。今思えば、受験ってたいしたイベントじゃないなと思います。当時は、当然大学合格が一番の目的になってますが、大学生活はわずかに4年間、その後の生活のほうがはるかに長いんです。良い学校に行けば良い会社に入って良い生活ができる思う人もいるかもしれません。

 

しかし、不動産業界、証券業界の大手企業に勤めている人達を見ると充実感とか幸福感で溢れている人は少なかったというか、全然いなかったです。収入は学歴と全く関係ないとは言いませんが、最近では中卒、高卒でも億単位で稼いでいる人はたくさんいます。

 

だから、受験でもし失敗したとしても死ぬわけではないし、もし失敗しても次にどうすればいいかを考えればいいだけです。当時はこのような考え方ができなかったんですね。

 

将来、自分の子供が受験するときはもちろん全力で応援するのですが、もしダメならダメで、「失敗」した後柔軟に対応できるように自分の経験を伝えていきたいです。

 

そして、大学入学後は、私立の厳しい校則に開放されて、勉強そっちのけで遊んでいました。今でも付き合いのある友人ができたことはよかったことだと思います。あっという間に大学3年、4年となり、今度は就職活動です。

 

最初は民間企業を受けずに公務員試験を受験していました。弟が高卒で公務員になったこともあり、親も公務員を望んでいたような気がします。

 

今思うと特別やりたい仕事もなかったし、高校受験のこともあったので、親の期待に応えたい気持ちが自分でも気づかないうちにあったかもしれません。

 

しかし、またここで壁にぶつかります。いくつか公務員の採用試験をしたものの試験に全然受からない・・父親からは、「受からないなら民間に就職しろ、兄弟の中でお前だけ私立の高校、大学で一番金がかかってるんだ」と言われて、親と喧嘩になったこともありました。

 

この頃から「お金がたくさんほしい、父親なんか黙らせるぐらいのお金がほしい」と思うようになったのです。そして、公務員は諦め、民間企業に就職するのです。

 

公務員試験を受けていたこともあり、民間企業の多くは採用試験が終わっていました。私はお金を稼ぎたい強い気持ちから、営業職を探していました。業界には特にこだわりはなかったのですが、少しでも大企業のほうがいいかと思い、大手のアパートメーカーに就職したのです。

 

しかし、まさかこの会社に入社することで人生のどん底を経験するとは、大学生の私には全く分かりませんでした。

 

 

就職後の話しは次回に続きます。



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ブラック会社員が6棟59世帯の大家さんになれた話②(不動産会社編)

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