大嫌いな父が死んだ。

少し過去のお話から始めたいと思います。


生まれ落ちたのは普通の家庭?なのかな?
父は建築業の設計士。
母はパート。
兄二人に末っ子の僕。

何不自由なく普通な家庭。

ただ僕は兄弟の中でもちょっとずれた子と言うかダメな子でしたかね。

友達同士でお尻の穴を見せ合ったり(自分自身のを見れないから)、火遊びをして先生にばれたり、幼稚園の頃に万引きして捕まったり、親の財布からもお金を盗み何度も何度もばれて怒られました。
母親は優しかったのですが、何度言っても聞かない僕にたまに父親を出してきます。
(盗んだお金はドラゴンボールのカードなどに費やしてました。しかも近所のお兄ちゃん的な方に騙し取られてたとゆう…。子供だから適当に丸め込まれてレアカード集めてまた騙し取られて親からお金盗んでの最悪のパターンですね)

「またお金取ったやろ!お父さんに言うけんね!」

その時点で怖くて怖くて泣きじゃくって辞めて辞めてと言う僕。

でも母も父に言う時は言うし、甘やかしてくれる時は言わずに黙っててくれた。

それでも結果として怒られるし泣きじゃくって泣きじゃくって甘えてたんだけどね。
ほんとマザコンな僕(今でも自信を持ってマザコンって言えます)
甘えん坊な僕。
母親が大好きでした。
今も変わらず大好きです。

兄達のおさがりが嫌だと泣き、兄達よりおかずの量が少ないと泣き、兄達よりお菓子が少ないと泣き、そうやって泣いてたら兄達に文句を言われ泣き、母に逃げ甘えてたらまた文句を言われ泣き。。。
とにかく泣虫な僕を父はまた嫌ってました。

「男なんだから!男なんだから!」そんな感じだったとうっすら記憶の中にあります。

父との記憶は本当に少ないんです。

今でこそ別れて20年。
別れて初めて大事さがわかり、今だからこそ会いたいと思います。
好きだとももちろん言えます。

がしかし、その当時は大っっっっっっっっっっっっっっっっっっ嫌いでした。

これがマザコンたる所以なのかもしれないな。

とにかくお母さんお母さんと甘えてた僕。
親が学校にくるイベントは全て母親にお願いしてました。
書いてて思い出したけど…、確かお父さんが授業参観か何かに来て、授業で答えれなかったから帰ってからめちゃくちゃ怒られた記憶がある………、そして勉強をしろと言われ夜遅くまで勉強をさせられ僕は泣きながら勉強をしてたような。。。
んで見かねた母親が「もうよかやんね~」っと助けに来てくれて、母親までもが少し父にどやされなんとか僕を救出。
ゲームが欲しくてもお母さん。
お小遣いが欲しくてもお母さん。
学校に寝坊した時もお母さん。
兄にもみくちゃにされてお母さん。
おかずが少なくてお母さん。
お菓子が食べたくてお母さん。
玉屋(デパート的な)に行きたくてお母さん。
西友に行きたくてお母さん。
お父さんにぼこぼこにされてお母さん。
ヘルプミーでお母さん。
お母さんお母さんお母さんお母さんの小さい頃だね。

ほんっっっっっっっっとにそんな感じです。

勉強ができない僕を夜遅くまで勉強でしばりつけた時のように厳しいお父さん。
「泣き虫」な僕を叩き直したかった事も沢山あります。

日曜の昼間に兄弟三人外へ。
父と長男が相撲。
父と次男が相撲。
父と僕が相撲。
弱かった僕。
とにかく弱かった僕。
その弱さにむかつくとゆうかなんとゆうか…、そんな感情をあらわに父からまた怒られる…。
相撲で投げ飛ばされた僕はそれで嫌になり「嫌嫌嫌~」っと駄々をこねるような形で相撲から逃げてた。
けどそんな弱さを持ってる僕が嫌いでまた鍛えてやろうとゆうような気持になったのだろう。
その晩父は僕を怒った。
そしてまた泣いた。
そして僕を鍛えようと父は椅子に座り両の手のひらを広げ「ほら!パンチしてみろ!」っと言う。
泣きじゃくりながらもそれから逃げる事はできず父の手のひらに泣きながらパンチをする。
一通り父の気が済めば自分にとっては最悪の時間が終わる。

そしてまたある時には父が酒を飲んで顔を真っ赤にして気が大きくなっている。
こんな時は触らぬ神にたたりなし。
小さいながらにもそんな空気を読み早く寝たい早く寝たい、何かが起こる前に早く寝たいと思う。
しかしお父さんが僕に嫌がらせをふっかけてきた時があった。
仕事帰りで臭い臭いお父さんの靴下。
これを何度も何度も匂いをかがせてきたりしてきたのだ。
それでまた僕は泣いたんだ…。
そうなればもうお父さんの陽気な様は一転…、怒りに満ちた表情や態度、矛先は泣き虫な僕。
もうどうにもできない…。
特に酔っ払った時は歯止めがきかない。
暴れに暴れまくるお父さん。
酔っ払って窓ガラスを割って暴れる事も何度もあった。
酔っ払ってゲームを鉄アレイで壊した事も何度もあった。
この日は泣き虫な僕への矛先。
首根っこを掴まれ外に放り出された。
そして引きずられ引きずられ………。
もちろん僕はえんえん泣いている。
泣き叫んでいる。
500メートルほど引きずられた所でやっぱり母だ。
「もうよかやんね~」心配そうな声で僕を助けにきてくれる。
泣き叫びながらもなんとか家に戻れる僕。
戻った所でまたお父さんから強くなれとゆう事で「ほら!パンチしろ!」
両の手のひらを広げ構えられパンチを力いっぱいする。
そして気持ちが静まれば僕はやっと逃げれて、そそくさと寝床に付くのだった。





本当に本当に大嫌いだった。




父が帰ってきた時の車の音、あれを聞くだけでドキッとして寝れる状態ならすぐさま寝床に逃げた。
時間が早い時は会わざるをえず、できるだけ逆鱗に触れない様に忍んだ。
酔っ払って母と喧嘩し母が出ていくとなってしまったり、何度も何度もそうゆう事があった。
大好きなお母さんが家出をする。
そんな時は毎日毎日母のベッドで母の匂いをかぎ、母の布団に包まれ泣きながら寝た事を覚えている。



本当に本当に大好きだった。




悪く言えば甘やかされたのだろうが、大きな母の愛だと思う。







しかし別れとは突然にやってくる。












僕が小学四年生の時、大嫌いな父は首吊り自殺をする。

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