読めぬ者

 水道橋駅から総武線に乗って帰る道中である。
 前に座っていた子供二人が小さな本を読んでいる。ぶつぶつ言っているから、きっと音読しているのだ。と、片方が、もう片方を叩いた。彼らの横に座っていた女性――恐らく母親だろう、彼女は手を出した方に怒りを向けた。
「何で叩くの」
 叩かれた方は泣いている。体が小さい。弟だろうか。
 叩いた方は、その子よりも図体が大きく、色が黒い。見るからに暴力的だ。その暴力坊主は、母を睨んだ。
「こいつ、バカなんだもん」
「バカの何が悪いのよ」
「『百』の字も読めないんだよ、バカじゃん、チショウじゃん」
 聞いた母親は坊主の頬を強くつねった。
「いっヘええ、何フんだよ(いってええ、何すんだよ)」
「どこで覚えたの、チショウなんて。本物の知的障碍者の方に失礼でしょ。これから読めればいいの。今読めないから駄目なんて、誰が決めたの? 自分は読めるからって人を馬鹿にする方が、よっぽど馬鹿よ。叩いてごめんねって謝りなさい」
 百、か。
 私は泣きじゃくる弟を見つめた。彼は、視線に気づいたのか、顔を上げた。
 気にする必要はない、という思いを込めて、私は笑いかけた。そのまま窓の外に目をやり、無関係を装う。
 そうさ。君くらいの年で百を読めなかったからって、気にする必要はないんだよ。

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 今から五年以上前のことである。
 国語の授業であった。よくある、教科書を音読しようという時だ。
 私はこの、授業で音読するというのが非常に嫌である。
 幸運にも私は昔から本が好きで、絵本を端から音読していたし、母が読み聞かせをしてくれたお陰で、文節の切り方や抑揚の付け方も身についていた。つまり私は、当時誰よりも音読が上手かった。敢えて自負させて頂く。
 だが他の連中はそうではない。一文字一文字を指で辿る、次の行に行く際にいちいち詰まる、句点と読点の区別もつけずに読む。
 当時の私は大変苛ついた。何故、口で発する間に次の行を見ておかないのか。読点(、)よりも句点(。)の後の間は気持ち長くするのが常識だ。目で見れば十分だろう、何で指が必要なんだ。ああ、全く。
 教員に対しても心底怒りを覚えた。こんな下手くそ共に音読させるな。私に任せてくれれば、授業時間を十分も無駄にするなどということはしない。こんなに実の無い授業があるか。聞かされてるこっちの身にもなれ(今思えば、日本の授業というのは平均を底上げするための教育であるからして、追いついていない者を平均レベルにするために敢えて下手くそを指名していたのだろうが)。
 だがその怒りは、三山冨美香が指名されて音読を開始した時にしゅるりとすぼんだ。
 上手かったから? いやいや、その逆だ。
「これ、何て読むの」
 隣の席の私に、小声で問いかけ教科書の字を指さす彼女。
 私は、自分の目がこぼれ落ちるかと思った。
『一缶』
 確かに、そこにはそう書いてあったのだ。
「……ひとかん、だよ」
 私は平静を保って、何とか返答した。
「ひとかんか!」
 彼女は嬉しそうに目を見開いて、教科書に戻る。
 しかし、ものの数文字読んだところで、また私に聞いてくるのだ。
 その文を引用する。
『でもときどき配給がありました。ミルクが一缶、それがヒロユキの大切な大切な食べ物でした……』(引用:『大人になれなかった弟たちに(著・米倉斉加年)』)
 これを読むにあたり、彼女は『配給』『一缶』『大切』『大切(二番目)』『食べ物』でいちいち止まる。そして私に読み方を聞くのだ。
 百歩譲って、『配給』が読みづらいのは仕方ないとしよう。だがそれ以外は、少なくとも十三歳以上なら読めて当然の熟語である。それが読めないだと?
 ところが、彼女に対しては腹が立たなかった。
「教えてくれてありがとう! 忘れないように、読み方書いたんだあ」
 もう、音読が下手とかいう次元ではなかったから怒りを飛び越していたし、呆れる前に、こんなにも嬉しそうな顔でお礼を言ってきたから、こちらまで嬉しくなったのだった。

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 彼女の識字力が、どうやら普通の馬鹿よりもまずいところにいるらしいと分かったのは、その後一週間である。
 どんな馬鹿でも、どんなに言葉を知らない阿呆でも、どんなに音読で詰まりまくる奴であっても、
『本当は、まず、この事の方を先にお願いすべきだったのだ、己が人間だったなら。飢え凍えようとする妻子のことよりも、己の乏しい詩業の方を気にかけているような男だから、こんな獣に身を堕とすのだ』(引用:『山月記(著:中島敦)』)
 この中で読み方の分からない字がどれ程あるだろう? 恐らく、『乏しい(とぼしい)』くらいだろう。
 だが彼女はそうではなかった。『本当』からして読めない。『事』も読めない。早い話、漢字が全て読めない。
 その分、彼女が素晴らしかったのは、それを素直に聞くことであった。聞かれた生徒も嫌な顔一つせずに答えていて、「そんなことも分かんないの?」「馬鹿すぎ」というような雰囲気は、彼女に限って一切無かった。分からないことを隠そうとせず、教えてもらうと本当に喜んで、
「そうなんだ!」
 と感激するからだろう。知ったかぶりして変な読み方をする奴より、余程こちらの方が人間的に素晴らしい。

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 こんな有様だから、学力は推して知るべしである。
 まともに宿題はしない(というか出来ない)、指名されても答えられない、だから授業中は居眠りする。自分の名前すら、たまに間違えたのだ。

 その彼女が、ある時、数学の宿題について聞いてきた。
「これ、何をしたらいいの」
 二次関数の計算である。
「教科書の、ここに公式が書いてあるでしょ、『y=a×xの二乗+bx+c』。これに当てはめて、xとyが幾つになるのかを計算してくるんだってさ」
「コウシキ?」
「『ここに数字を当てはめれば簡単に答えが出せますよ』っていう、便利グッズだよ」
「おおー」
 そこで感動するか。
「でもどうやって使うのか分かんない」
 なるほど、グッズの取扱説明書が必要と見える。
 そこで私は教科書の例題に沿って、宿題の内の一問を解いた。その手順を一つ一つ、自分なりに分かり易くなるように話して。
 彼女はいちいち感激した。しかもそれをプリントに書くように頼んできた。
 書くことか? そう思ったが、確かに私もプリントを横に置きながら英文を読んでいた。自然に出来るようになるまでは、道標が必要である。彼女も読めるようにそれなりに綺麗な字で、プリント裏とルーズリーフそれぞれに手順を書いた。もしルーズリーフをなくしても、プリントをめくれば分かるのだ。
「おおー」
 また彼女は喜びの声を上げ、頑張るよと良い笑顔を浮かべた。大事そうにプリント類を仕舞い、軽い足取りで帰路に就いていった。
 翌週、彼女はにこにこしていた。聞けば、あのテンプレート通りにやったところ、バッチリ解けたので、提出が楽しみなのだという。
 数学の教員は、衝撃を受けていた。まさか冨美香が宿題をやってくるとは思わなかったのだろう。いつも、彼女だけがやってこないから、常に一枚は欠けている状態だった。それが、この日に限っては、全員分揃った。失礼な話であるが、奇跡に近い。
「全部合ってるかなー」
 結論から言うと、合っていた。プリントに花丸をもらっていたが、
「先生、お花が好きなんだね。こんな絵描いてきて」
 その意味すら分かっていなかった。それくらい、人生において丸をもらったことが無かったのである。
 この日から、彼女は宿題を少しずつやるようになっていった。
 いきなり全問できるようになったわけではない。しかし、宿題に取り組むという行為自体をやらなかった者にとって、これは生まれ変わったに等しい。
 後日、母がPTA関係のことで彼女の親と会った際、こんなことを言われたという。
「うちの娘がね、宿題をやるようになったの。香奈恵ちゃんに教えてもらって、分かるようになったからって。ありがとうと伝えておいて」
 教科書の内容を少し簡便に話した程度だ、と私は思ったが、彼女の母は本当に嬉しそうだったとのこと。そうかい、と気にしてないような返事をしつつ、私は少々照れ臭かった。

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 進路相談の時期になった。
 教室に、分厚い黄表紙の本が置かれるようになった。彼女は早速、突如現れたその本に興味を示し、ぺらぺらとめくっていた。
「よく分かんないけど、グラフが描いてあるよ。数学の本かな?」
「東京の学校について全部載ってるんだよ。グラフは、入学テストの難しさとか、合格した人がそのテストで何点取ったかとかをまとめてある」
「4Bってあるけど、何これ」
「『割と簡単』。一番難しいのが『10A』、一番簡単なのが『1B』。数字が小さくなる程、テストも簡単になる。数字が同じなら、Aとついてる方が難しい」
「ほー」
 皆さんなら、これが何の本かすぐに分かるだろう。そして一度でも開いたことがある人なら更に、1Bから3Aはまず存在せず、最低ランクが4Bから始まっていることも知っているだろう。
「4B……えー、四十点取れって。ムズ」
 四十点が、ムズい……?
「香奈恵、何点取れる?」
 私は、さあねえ、模擬試験やってみないことには、と曖昧にしておいた。

 殆どの生徒がまず開きたがらないその本を、彼女は毎日のように眺めていた。勉強熱心なのではない。もっと別の理由があった。
 ある日、彼女はその本を持って私に、相談があると言ってきた。ほほう、相談ねえ。私は自作小説の設定を作成する手を止め、彼女に向き直った。
「これ、東京の学校が載ってるんだよね?」
「そうそう」
「全部載ってる?」
「うん。新しく出来る学校も、漏れなく載ってるはずだよ」
 そっか、と彼女が本に目を落としたので、私は拍子抜けした。相談と大仰なことを言ったが、それだけか?
 しかしすぐに、彼女は顔を上げた。
「○○学園って、知ってる?」
 知らない名前である。聞けば、彼女の兄が進学した先なのだという。
「凄く楽しそうでさ。あたしも行きたいんだ。でも兄貴に聞いてもよく分かんないし、じゃあこれ読めばいいんじゃんって思ったんだけど、載ってないんだよね」
 私は、学校名がはっきりしているなら索引を使えばすぐに見つかる、と話した。裏表紙からめくらせ、該当の行を辿る――が、確かに、彼女の言う学校が無い。
 索引に入れ損ねている可能性がある、こういうのは量が多くて誤植(案の定聞いてきたので、間違えた文章のまま印刷してしまうことだと答えた)も起きやすいから、とありそうな場所をめくってみた。だが、やはり無い。
 少し、彼女の兄について考えてみた。
 私の通っていた学校には、通級があった。簡単に言えば、軽度の障碍(知的・身体問わず)がある生徒が、授業についていくために週一回程度から通う特別な学級である。
 そう、知的障碍。彼女の兄は、そこに週四日以上通っていた。その人が、果たして普通の学校に行くだろうか?
「ねえ、ちょっと今日、帰ったらお母さんに聞いてみてくれる? 『○○学園は養護学校か』と」
「ヨウゴガッコウ?」
「今話すのは難しいな。もし聞いてみて、『そうだよ』って言われたら、また明日、教えてくれる?」
「はいよー」
 彼女は何の疑問も持たず、その本を置いて帰宅した。

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「ヨウゴガッコウだってさ。で、ヨウゴガッコウって何?」
 やはりそうだったか……。
「養護学校は、この本には載ってないんだよ」
「何で?」
「ここに載ってるのは、普通の学校なの」
「ん……うん?」
 彼女は考えあぐねている。
「冨美香、学校の勉強、難しいって思ってるでしょ?」
「うん。分かんないのにどんどん進んじゃう」
「だよね。じゃあ、もし普通の学校に行って、もっと早く先に進んじゃったらどうする?」
「やんなっちゃうよ」
 そうなのだ。分からないから、宿題が出来ない。出来ないのに授業は、分かっていることを前提として進められてしまう。余計に分からない。つまらない。どうでもいいや。で、居眠りする。
 加えて、先生に聞いても、『最低でもここまで分かってるよね?』という前提の回答が返ってくるだけなのだ。教科書の説明も同じこと。『この説明で分からない奴はいないだろ』という押しつけ。実際は分からない人がいるのに。
「分からないまま、三年過ごすんだよ。ずっとつまらないまんま。それ、どうよ?」
「うわあ」
 彼女は本当に嫌そうな顔をした。
「やだあ」
「でしょ? でも普通の学校はそんなこと気にしてくれない。だから、立ち止まって、きちんと分かってから次に進みたいって思う子のために、ちゃんと教えてくれる学校がある。それが養護学校」
 彼女は目を丸くした。
「ヨウゴガッコウなら、ちゃんと分かるようになるの?」
「なる」
「いいじゃーん」
 実に嬉しそうだった。
「だから兄貴、楽しそうなのか」
 彼女の兄は、最初こそ週一回の通級だった。だが、やがて通級に入り浸るようになった。理由は、授業が本当につまらないから。何も分からないから。
 逆に言えば、分かると嬉しいのだ。分かると楽しいのだ。
「お兄さん、偉いよ。自分が分からないっていうのをきちんと分かってて、分かりたいからその学校に通ってるんだもの。凄いよ、格好いいよ」
「マジ? じゃ、あたしも格好いい方に行く」
 何とも単純な動機であるが、志す理由など、その程度で良いのかも知れない。結果が素晴らしいものになるならば。
「あ、センセー」
 担任が教室に来た。冨美香は意気揚々と立ち上がり、進路を決めた旨を話しに近づいていった。
「センセー、あたし、○○学園に行く。兄貴楽しそうだし、格好いいって聞いたから」
「格好いいって何だい?」
 担任は疑問符を浮かべていたが、彼女には最早迷いが無かった。

 子供二人揃って、養護学校か。
 私は、会ったことのない彼女の親を想った。
 世間には、誰が見ても明らかなレベルの身体・知的障碍を抱えている子を、無理矢理普通学級にねじ込んで『うちの子は健常児と同じです』と見栄を張る親がいる。これは、自分の子に必要な自立の技能を一切つけさせないという、新手の虐待ではないかと私は考えている。勿論、親からしたら、自分の子が世間一般的イメージでいう『遅れた者』『欠けた者』であることをすぐさま受け入れろなどというのは酷な話であるが……(ちなみに私は、人生で身体・知的障碍者と同じクラスを過ごしたから、遅れた・欠けたという感想は微塵も抱かなかった。というか、気にならなかった。しかし世間には、そう捉えることのできない奴がいるのである)。
 そこまでして世間体を気にする奴がいる中で、彼女の親は何と偉大なことか。分からないことを、ゴリ押しでどうにかしようとするのではない。我が子の状態を見極めた上で、無理なく理解できるような環境を整えてやるという寛大な構えである。
 ああ、そうか。
 だから彼女は、こんなにも底抜けに明るいのか。
 この考えに至って、私は三山一家を今でも尊敬している。

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 その彼女だが、成人式で再会した時、すぐに分かった。
 見た目こそ、ジュリアナ東京で踊るボディコンレディかという、ピッチリとした服装とド派手な髪型であったが、持ち前の明るさが化粧の下から溢れ出ていた。
「あ、香奈恵だ。チョー美人になったね。元々か!」
 こんなことをさらりと言う程である。
 現場には、酒のブレンド用として『大五郎』が置かれていた。破格の値段を誇る焼酎甲類であるが、
「だいごろう」
 と読んだ。正解である。
「これ、何だっけ」
「焼酎。カシスと四対一で混ぜると美味いよ」
「おー、やってみる」
 相変わらずであった。しかし、漢字が読めている上に、比率を理解していた。
 カシス焼酎を気に入ったと見え、その後、解散までずっと同じドリンクを持ち続けていた。そして、他の人にもそれを説明していた。自分で、他人に説明する。およそあの当時からは考えられないことである。
 学べたのだ――。

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 親子は吉祥寺で降りていった。
 その後ろ姿を見送り、一駅乗って、私は終点の三鷹で中央線に乗り換えた。

 そう、今分からなくてもいい。大事なのは、その後、分かりたいと思うか、分かるようになれるかだ。大人になるまでに、いや、大人になった後も、自分の無知に気づいて理解しようと踏ん張れるか。それだけなのだ。



(おしまい)

※この実話は、同人誌『三崎文学』に掲載したものに若干の修正を加えたものです。

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