この世を作っている物



人が作った物という物の全ては誰かの思考が形になった結果だ。 



最近気づいた事がある。




いつも「止まれ」の標識があるにも関わらず、停止線で車が止まらない丁字路がある。
車は停止線を通り越して、見通せる所まで出てから止まる。

歩行者側からすると、結構危ない。

毎回通る度に、
「停止線が見えんのかい!」と、ヒヤリとしながら心の中で舌打ちをしていた。


ある日の事。

その丁字路を通った時に、フッと思った。


「止まれ」の標識は人の命を守る為に設置してある。

一体、この標識やら交通ルールを「作ったろう」と思った人々はどんな想いを持っていたのだろうか。一人でも交通事故の犠牲者を減らそうと思ったのはどういう体験があったからだろうか。
辛い体験を通してかも知れない。
大切な人を守ろうと ー もしかしたら、守れなかったのかも知れない。

やはり交通ルールは守らないとな。
車に乗る時は思いやりの心を持って乗らななきゃ。


そんな事を考えた瞬間当たり前の事に今更気づいた。
今ある人工物の全ては誰かの願いや、意志、思考が形になった結果なんだ。

人の作った世界は誰かの思い ー意図ー で作られている。

そう思った瞬間から、人工物には物体の物理的エネルギーとは別の意思のエネルギーがあるような気がした。
人の住む所には、人を思う意思がそこかしこにあるのだ。
そう思うと温かい気持ちになった。




私はオーラとか霊とかなんとか、特殊な物を見たり、感じたりが微塵もない人です。

「ものの見方を変えると、世界が変わる。」という体験を幸せな方向でしています。
それを積極的にしようと日々、些末な事をグルグル考えるようになってから、日常はなかなか面白い事の発見が多いものだと思うようになった。

というお話の一つでした。

みんなの読んで良かった!