ロード・オブ・ザ・リングとホビットを再び見て起こしたシンクロニシティ 1番ビックリしたのは監督と同じ誕生日だったこと
ロード・オブ・ザ・リング
※画像は全て無料提供のものを使わせて頂いております。
先日、ふと「ロードオブザリング」を見たいと思った。
私にとってこの作品は個人的な思い入れがある。
作品が公開された頃は、児童虐待のPTSDでクリニック通った時だった。
私を担当してくれたセラピストは、とても美人だった。
彼女とは二人三脚で虐待の記憶を取り戻し、そこに客観的な意味づけをしていった。
その作業は険しく、彼女の存在は共に闘う同士・自分の人生を取り戻すための強力な伴走者だった。
私は当時のHPに彼女のことを「エオウィン」と書いていた。
今年11月の児童虐待可視化プロジェクト写真展に彼女のことを招待しようかと思い、ネット検索をした。彼女が現在活躍している職場のプロフィールが見つかった。
…とても悩んだ末に、そこへ連絡しなかった。
最後の最後まで悩んだのだが、何が私の足を引き留めたのだろうか…
数年振りに見た作品は、時を経て深みを増し私の心に多くのことを気づかせてくれた。改めて素晴らしく感動的で美しい物語だと思った。
作品がJ.R.Rトールキンと言うイギリスの文献学者・作家・詩人でイギリス軍人の作品だと、今回遅ればせながら知った。
また作品の書かれた順序は「ホビットの冒険」の方が古く「指輪物語」の方が新しいことも初めて知った。
J.R.Rトールキンとは、どんな人なのだろう?
軍人と作家を両立させるのに、どうやって精神のバランスを取ったのだろうか?
または創作活動によって軍人であることとの精神のバランスが保てたのだろうか?
彼の最初の文学的野心は「詩人になること」…私も詩人に憧れていた時期があった。
数秘術でトールキンの数字をみると
彼のDESTINY NUMBERは私と同じだった!!
そう思った日に、ふと開いた数秘術の本にトールキンの言葉が載っていた。
「角を曲がると そこにあるのは 新しい道。あるいは 秘密の扉かも知れない。」
背筋がゾクゾクし、また運命を感じた。
改めて作品を見返すと、それぞれのキャラクターが個性的で際立っており、いずれかのキャラクターに感情移入できる。
現代では失いつつある身体感覚や自然との一体感なども生き生きと瑞々しく表現されていた。言葉の1つ1つに深み・輝き・人生の普遍性を感じることが多くあった。
時々DVDを一時停止し、心の琴線に触れた言葉をノートに書き記した。
【アルウェン】
なぜ過去を恐れるの?
あなたはイシルドゥアの子孫で彼その人ではない
運命だって彼とは違う
【アラゴルン】
だが 体を流れる血は同じだ 同じ弱さを持っている
【アルウェン】
あなたもいつか同じ悪と対決して それに打ち勝つ
※ 両親に虐待を受けた私は、どちらに似ても彼らの血が流れている。
その血の忌まわしさを恐れ、自らの死をずっと願っていた時期があった。
確かに私は彼らの子だが、彼らそのものではない。
私が自らを信じることで、彼らと同じ人生を歩む必要など全くないのだ。
【アルウェン】
灰の中から火はよみがえり
影から光が射し出ずる
折れた刃が新たに研がれ
無冠の者が再び王となる
※ 陰陽思想的だと感じた。つまり宇宙の真理だ。
「火」は「灰の中」からよみがえる。「光」も「影」から射すのだ。
一度折れた刃を鍛え直し、何者でもなかった者が王の座に返り咲く。
自分が何者かを探しあぐねた後に、自己の内に自分を据える。
我々一人ひとりの人生もまた同じではなかろうか。
アルウェンは不死の命を捨て、アラゴルンと共に生きるために限りある人生を選ぶ。
一人の相手に己の全てを捧げることは、儚く脆く美しく…時に幸せなことなのかも知れない。
【ガンダルフ】
死に値する者が生きながらえ 生きて欲しい者が死ぬ
賢者とて未来は読み切れぬ
お前は死者に命を与えられるか?
軽率に死の判断を下してはならぬ
あのゴラムも善か悪かは分からぬが役目を持っている
※ 東日本大震災の時、地元は津波の被災地となった。
多くの方が犠牲になったにも関わらず、長年虐待を繰り返してきた私の両親は生きていたことを、まともな思考では理解できなかった。
「なぜ善良な多くの人が亡くなり、私の両親は生きているのか?」
それでも彼らに何かしらの役目があるのだろう。
そう考えた時、どうにもならない苛立ちが…少しずつ自らの内で諦めとなっていった。
※ 魔法使いでさえ読み切れない未来があるのだ。
まして人間の認識では理解できないこと・人智を越えたところに存在する真実もきっとある。
※ 他に言葉はメモしていないが印象に残ったこと
【フロドとサムの信頼関係】
こんな風に信頼し合えるなんて…と何度も泣けた
【ガンダルフは全面的にカッコいい】
道理から外れた者に対して手厳しい所も素晴らしい
【執政デネソールとボロミアとファラミア】
虚栄心 親子の確執 兄弟間差別 現実にたくさんあることだ
【ゴラム】
長年ずっと1つのことに執着し続けると、心身共に蝕まれてしまう。
その者本来の姿形さえも変えてしまうのだ。
【エント】
木だって本気で怒ったら凄い(笑)
「この木が まだドングリだった頃を知っている」のシーンでなぜか涙が…
【アラゴルンが死者と共に戦うシーン】
MちゃんとAちゃんと一緒に児童虐待可視化プロジェクトの被写体に参加したことを思い出して号泣
今回のチャンスは紛れもなく彼女達の導きだった。
そして私は「オファーをされた時期よりも前でも後でも被写体にならなかったかも知れない」と、最近ふと思うのだ。
全てのタイミングが揃った上での人生のチャンスだったのだろう。
【エオウィン姫】
美しく勇ましい。
- 1
- 2
著者の小川 詩織さんにメッセージを送る
著者の方だけが読めます