オーストラリア人彼氏が菜食主義者になっちゃった話。

私の彼は、オーストラリア人で、私も彼と一緒にオーストラリアに住んでいます。今、オーストラリアに住みはじめて5年が経ちました。


皆さん、ビーガンって聞いたことありますか?あまり聞きなれない言葉だと思います。私も、オーストラリアに来るまで、聞いたこともありませんでした。ビーガンとは、動物性のものを一切とらない食生活スタイルのことを言います。お肉はもちろん、お魚、牛乳、卵など、動く生き物から生産されたものを一切とりません。最近はハリウッドスターの間でも流行っているみたいです。
他にはベジタリアン、マクロビオティックなど、世界にはいろいろな食生活スタイルがあります。

私はオーストラリアのサンドイッチ屋さんのサブウェイで働いていたのですが、ビーガン用のサンドイッチがあるかたまに聞かれ、ビーガンがなんなのかは知ったものの、なぜビーガンになりたいのかは謎のままでした。

他にも豚を食べない人、ベジタリアンの人もよくお店に来たので、ビーガンも宗教上の何かか、アレルギーかと思っていました。

そんな私の彼は、去年、突然ビーガンになろうと決意してしまいました。そのきっかけは、ネットフリックスにあった、たった1本の映画でした。名前はCowspiracy(カウスピラシー)。
conspiracy(コンスピラシー)というのが陰謀という意味なので、cow(牛)とくっつけて、畜牛の背景に潜んでいる陰謀みたいな意味でつけられた名前だと思います。

その映画について軽くまとめると、畜業が地球温暖化の一番の原因になっていること、このまま世界で肉食が進むと、地球が破滅するという内容でした。

私はそんな都市伝説のような話聞いたことがなかったので、ビーガンの人が周りをビーガンにするために布教活動みたいなことをしてるんだろうと思って、毛嫌いして、正直好きじゃないタイプの映画でした。

一方の彼は、なんとその映画で「ビーガンになろう」と決意してしまったのです。もともととても優しく繊細な彼です。なんと、その映画で言われていることを120%信じてしまったのです。

当の私は、「なんて疑うことをしらないピュアな人なんだ!!」と思いました。

たった1本の映画で?!この先、大好きだったお肉もチョコレート(牛乳入り)もアイス(牛乳入り)もケーキ(牛乳と卵入り)もとんこつラーメンも食べない人生を選ぶの?!

正直に言うと、その素直さ、ピュアさにあきれました。
食べるのが大好きな私は、これから先のディナーデートのことを考えると、別れた方がいいのかという考えが一瞬よぎるほどでした。人生が灰色になる、そんなショックを受けました。

私としては、地球規模の話なんて、話が大きすぎて現実味がまったくなく、誰かの予想した未来なんて、それが実現するかもわからないのに、それで人生の決断をするなんてばがげてると思いました。しかも、得体のしれないビーガンの人の作った映画。うまく情報を操作して、畜業に携わる人達を悪者に見せるように編集してるだけじゃないかと思いました。

ビーガンになろうと思い立った彼は、そうはいっても、もともとお肉が大好きだったので、完全なビーガンになるまでには時間がかかりました。
私は九州生まれで大のとんこつラーメン好き。彼もラーメンの虜になっていたので、私が誘えば罪悪感を感じながらも、ラーメンを食べる日々が続きました。

彼が完全なビーガンになりたいと思い始めてから、彼はビーガンに関するたくさんのビデオや映画を見はじめました。
ビーガンが地球の存続に必要だと信じる彼は、私のこともビーガンに仕立てようと、いろいろな映画を一緒に見ようと誘ってきました。私は違う考えを持つ人を悪者にしたてあげようとしていた(と私は感じた)はじめの映画に辟易していたので、彼の映画鑑賞にはいっさい付き合いませんでした。

私が映画を一緒に見ないので、私はスマホで大好きなユーチューブを、彼はひとりで映画を見る日が続いていたある日、彼はその日、アースリングというドキュメンタリー映画を見ていました。

流れているうちに目を奪われ、結果から言うと、それはそれは悲しいドキュメンタリーでした。前提として、日本の畜業とは精神的に大きく異なっているんじゃないかと私は思っているのですが、それはとにかく衝撃的でした。
肉牛、豚、にわとりの育つ不衛生な環境と、生まれてから死ぬまで身体的にのみならず、精神的にも虐待されながら太らされ、殺される瞬間、1匹1匹がひどくおびえて鳴き叫びながら死んでいくのです。
お肉を食べるときは、これまで深くは考えていませんでしたが、命をいただいている、ありがとう、と感謝の気持ちは持っていました。日本人なら誰でもそんな教えを習ったと思います。感謝しているのだから、いいじゃないかと私は思っていました。

しかし、そこには、感謝だけでは全く足りない、ひどく不平等に虐待され、毎日つらいと思いながら殺されるのを待つだけの人生を背負う動物たちが無数に存在していたのです。

映画には、牛や豚を殺す係の人が、笑いながら、ゲーム感覚で楽しそうに電気銃を頭に打ち込むシーンがありました。なんとも言えない恐ろしさを感じました。殺されるのを感じ取り、ひどくおびえる牛を、笑いながら殺していくその姿に、寒気を覚えました。
ほかにも、出荷できるまでに太った豚を大人が寄ってたかって笑いながら殴り殺すシーンや、出荷前にオリから出されて歩く豚を暴言とともに思いっきり蹴り飛ばし、豚が鳴き叫ぶシーン、牛乳を安定供給するために次から次へと子供を産ませられ、長い年月かかえていた重いお乳で立てなくなった乳牛を生きたまま捨てるシーン、革用に育てられた牛は革が必要なだけなので、栄養失調で立つこともできない状態で放置されるなど、日本では想像できない地獄がそこにはありました。

私は、日本人は優しいというステレオタイプを持っています。ひどい人はいるけれど、こんな環境が蔓延するほどには絶対にならないとどこか信じているところがあります。

しかし、私は今オーストラリアにいて、牛や豚、にわとりは映画にあったようにひどく虐げられている可能性はとても高いと思っています。私の一日3回の幸せな食事のために、私は1年で何匹の豚や牛や乳牛やにわとりを虐待させ、殺しているのでしょうか。私が、彼らを殺している、虐待している、と思いました。

日本で1日に殺されている家畜の数を知っているでしょうか。50000頭です。鶏は含まれていません。1日、5万の命が私たちの食の幸せのために恐怖におののきながら死んでいます。50000頭って、すごくないですか。オーストラリア、アメリカは日本に比べて肉食ですので、それよりも多くの牛や豚が殺されていると思います。

感謝しています。命よ、ありがとうと思っています。でも、1日に50000頭、たった1年で東京都の人口以上の生き物が私たちの幸せの犠牲になっているのは、あたらめて考えると何か間違っているんじゃないか、と思うのが正直なところです。

今、日本の畜業も海外の安い輸入肉に対抗するため、多頭化を余儀なくされています。多頭化とは、できるだけたくさんのお肉を出荷するため、家畜の数を増やすことです。そのため、畜農家の方が望まなくても、土地が足りないため、家畜を狭いオリに入れるしかないという状況が進んでます。

多頭化で育てられる牛や豚は、前と後ろに数歩しか動けないおりに一生のほとんどを閉じ込められます。赤ちゃんのときはみんなまとめて、ある程度大きくなると動けないほどのおりに入れられるのです。できるだけ動かず、早く太らせるためです。知っていました?私は、おりに入るのは一日のうち、ご飯を食べたり寝るときだけ、そのほかは外で歩き回っていると思っていました。畜農家として生き残るには、肉として生まれ、肉として認識され、肉として殺される動物を生産するしかないのです。とくに衝撃的だったのは、母豚でした。母豚は、子供を産んだ後は、大切なところに手を突っ込まれ、人口受精をされるのです。子供を産んだらまた、妊娠、出産、繰り返し繰り返し一生続けさせられるのです。動かないよう狭いおりに入れられて、大切なところに手を突っ込まれ、愛する我が子は肉になるために強制的に生まれさせられる。そして、本来きれい好きな豚は、立っているその下が大きなトイレになっている環境で、異臭の中で、まったく動けず、ストレスのために目の前にある鉄のバーを歯がなくなるまで噛み続け、最後は疲労で内蔵がおしりから出て、死ぬのです。
もしも自分が母豚の立場になったら、いっそ死んでしまったほうがどれほど楽でしょうか。そこには、動物としての楽しみや愛情はいっさいありません。その人生には、苦痛しかありません。想像してみてください。一生、窓のない臭い、トイレットペーペーもない和式トイレに閉じ込められて、1年ごとにレイプされ、妊娠し、子供を産み、子供は次々と奪われる。それが死ぬまで続き、死んだらゴミとして捨てられるのです。

冷静に考えると、これだけお肉の出回っている世界で安定供給を図るには、その動物たちに一日に日本だけでも50000頭、犠牲になってもらうしかないのですが、それがどれだけ残酷で私たちが悪魔のようなことの上に成り立っているか、ほとんどの人は気づいていないと思います。私も、考えることすらありませんでした。

そんなドキュメンタリー映画を彼に見させられた私はというと、いまだにビーガンになることはできていません。
彼は私にビーガンになってほしいといいますが、友達と遊びに行くときなど、やっぱりなにも障害なくおいしいもの選び、食べたいのです。
日本に帰ったら、お寿司もおいしい料理もいっぱい食べたいのです。
クッキーも食べたいし、アイスもたまには食べたいです。

家では、彼と一緒にビーガン料理を食べます。彼は料理が上手なので、味はおいしく、全く不満はありません。

でも、でも、でも、私もやっぱり普通に生活したい。友達と、楽しみたい。そう思ってしまいます。
ビーガンは、世界に2%しかいないそうです。

彼のように自分の一生を犠牲にしてまで地球や動物を守ろうとする人はとてつもなくかっこいいのですが、私が決意するまでには遠い道のりになりそうです。
もしくは本当になれるのか??自信がありません。

私がビーガンになれない分、罪滅ぼしのようにこうやっていろんな人に知ってもらいたい、もしくは、みんなビーガンになったら、ビーガンレストランも増えるし、そしたら私もビーガンになれる!!と思って、お話を書かせていただきました。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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