平日8時間を拘束された派遣社員の占い師
中学の時から、自分が主役になるよりも、
縁の下の力持ちとして皆を支え世話をするという
マネージャーの存在に尊敬をしていた。
高校時代の3年間はサッカー部のマネージャーとし
選手の体調管理から、部長と練習メニューの計画。
一人一人の長所を伸ばす育成方法を監督とミーティング。
コミュニケーションはもちろん、身の回り、勉強のお世話まで。
皆を支え続け、日々部活に打ち込んだ。
県大会や、全国大会で優勝した。という輝かしい栄光はないが、
自分の力が誰かの力になると言う事を身をもって経験できた3年間だった。

それから、就職をするわけだが、
仕事は長く続かず、
ディーラーでつなぎを着て事務と現場を両立しながら4年間、会社員として働いたが
もっと他に自分の出来ることがあるはずと退職。(社会と人間関係、経理を学んだ)
料亭の仲居、ホテルのウェイター、コンパニオン、結婚式場スタッフ、
早朝でスーパーの日配のバイトをするなど1年間フリーターを経験。
(人生には欠かせないマナーを学ぶ)
派遣で総合設備会社へ入社。半年で契約社員となったものの、
仕事があまりにもきつく、1年で退職をした。
しんどい時は、毎日「嫌だ、嫌だ」と泣きながら通い、
明日も嫌だと、泣きながら帰宅を繰り返していた。
私は、自分の力で周りが活気づく仕事がしたかった。
多くの人や社会に力を尽くして、よい結果をもたらすような…
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結果、そんな仕事は見つかるはずもなく、
生活も貧しくなったので、派遣でだらだらと仕事を始めた。
次に就いたのは太陽光の保守メンテナンス会社。
設立から間もなく、あらゆる分野の会社からかき集められた人で構成された会社で
社内はとても明るく、それぞれのモチベーションや技術の高さが高じて
私もとても素敵な経験をさせて頂いた。
派遣の満期は1年。
ステキな職場から離れ、
今は通信会社のモバイル建設に派遣社員として携わっている。
そして2016年、「人は皆幸せになる権利がある」と悩める人たちに、
タロット占いをベースにしたセラピーで幸せへと向かうお手伝いが出来ればと
セラピストとして活動を始めた。
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