第5話 「フィリピン式で学ぶ」究極の学習法

なぜ英語の勉強を始めたか

よく「継続は力なり」と言われます。逆に言うとそれほど継続は難しいのです。しかし単なる継続ではなく改革改善なら日本人は得意です。ただやみくもに続ける事ができなくても少しずつ目標を設定して最後には誰も真似できないような事をやってしまうのが日本人だと思うのです。私も初めから大きな目標を立てたわけではありません。単純に楽しく続ける事ができるような仕組みを考えてやっていました。気が付けばバイク便の私がフィリピンで英会話学校を経営するまでになっているのです。
なぜ私が英語を話す事が必要になりなぜフィリピンのセブ島で勉強したのかお話しします。

そもそも私はただのバイク好きのバイク乗りです。
バイクが好きでバイク便を始め、好きなバイクのメインテナンスの為にバイク屋を作り、好きなバイクを輸入したくて輸入業を始めました。10年前、仕入れで訪れたイタリアで素敵なスクーターを見つけバイクメーカーに飛び込んだのが英語を使うきっかけでした。
90年続くイタリアの老舗マラグーティー社です。オーナーのレアルコ・マラグーティー氏と親しくなりどうしてもバイクの話をしたくて英語の勉強を始めたのです。
始めはイタリア語を勉強しようと思ったのですがイタリア語は動詞だけでも7段変化し男と女でも形が変わります。英語なら1から10まで数えられますがイタリア語は数字も色も男か女すらわからなかったのです。
その時まで「英語を知らない」と思っていましたが日本人は英語をとても良く知っているのだと気が付きました。
幸いイタリアの上流階級の方はどなたも流暢に英語を話します。英語は世界共通語だと再認識し英語の勉強をすることにしたのです。

当時の私はエンジンの音を聞いただけでメーカーも排気量も直ぐに分かりました。しかし英語の聞き取りはさっぱり分らず「L」とか「R」とか言われるレベルの話ではなく、まさにさっぱり分からなかったのです。
本当に一からの学習でしたがフィリピンで英語を学ぶ事により話せるようになったのです。
私の英語はとても下手くそですが通じています。今ではイタリアとの取引はもちろん通訳なしで行っています。先方の社長とも個人的に親しくなり、お互いの家を訪問しあう中にまでなりました。
マラグーティー氏はイタリアに7軒家をもっていて、ゴルフ場のスポンサーもする銘家なのです。自分で食べるイタリア料理は質素ですがイタリアでおごってもらう食事は最高です。
仕事で行くのはスパゲッティ・ボロネーゼで有名なボローニャです。もっともボローニャの人はスパゲッティをボロネーズソースで食べることは決してしません。
「そんな美味しくない食べ方をするのはアメリカ人と日本人ぐらいだ」と笑って話してくれました。ボロネーゼソースはきし麺のように平たいタリアテッレのパスタに合うそうです。丸いスパゲッティだとミートソースが絡まないので美味しくないのです。
話しが脱線しました。そうフィリピン留学とオンライン英会話によって英語でコミュニケーションが取れるようになって人生が変わったのです。

改革改善を継続する 

11年前の2005年、私は「アメリカに行けば誰でも簡単に英語は話せる」と思っていました。
よく言われる「アメリカ人は子でもでも英語を話すのだから行けば喋れる」と言った感じです。日本で勉強するのは意志が強くないとできないと思ったので留学先を探していたのです。
仕事があるので「安くて」「近くて」「短期間」で勉強できる国を探していて行きついたのがフィリピン留学でした。日本から一番近い英語圏で一対一の授業が気に入ったのです。
当時の学校のホームページに95%外国人と言うキャッチコピーがありました。てっきりたくさんの外国人に囲まれて勉強すると思って行ったら何のことはない、95%の韓国人生徒が勉強している韓国系の英会話学校だったのです。
さらに言えば当時のトップページに書いてあったのは「三食キムチが食べられます」で、韓国人を対象に韓国方式で英語を教えていたのです。個人的には「英語が伸びると書けよ」と思いましたが。

今から11年前40歳の時です。当時、私の英語は悲惨でした。言い訳をさせて頂ければバイク便のバイク乗りに英語は必要なかったのです。
私は大学で高等教育を受けていません。勉強をするより起業したかったのでバイトでお金を貯めてバイク便を作りました。サラリーマンの経験がなく好きなバイクで生活をする術しか知らなかったのです。
言い訳はここまでで、用はhaveもmakeもスペルを忘れていました。文法はSVOすらなんのことか覚えていなかったのです。
経験から言うと「留学すれば誰でも話せる」は全くの嘘でした。しかし人生においてこんなに勉強する気になったのは初めてだったのです。
東京での仕事があるので1週間から2週間、時間ができるとフィリピン留学に行き、日本に帰るとスカイプを使いオンライン英会話で勉強する言った感じで続けました。
英語の学習はダイエットと一緒で初めは頑張るのですが継続できずに投げたすことが多いと思います。
私は英語を話せるようになると言う大きな目標の前に「次回の留学まで20センテンスを覚える」「フィリピンにいる間に発音を徹底的に直す」「帰ってからもオンライン英会話で30分英語を使う」といった身近な目標を立て頑張りました。
私は短期留学とオンライン英会話を混ぜる事により自分自身の改革改善を「継続」できたのです。

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