脊髄腫瘍~10万人に一人の病気

皆さまへ~お詫び

今年は、着物を着て週末は店に出ようと決心したのが、ほんの2週間ほど前。

しかし、年明け早々、脊髄に腫瘍が見つかり、手術して取らなければいけない状態になってしまいました。

鎮痛剤を飲んで店に出ていたのですが、3時間が限度。

家に帰ってからは激痛に悩まされておりました。


1月末に手術をします。

それから2週間ほど入院する予定です。

ということで、1月2月の週末は店に出ることができなくなりました。

3月からは、体調を見ながらできるだけ店に出るようにいたしますので、どうぞ温かい目で見守ってくださいませ。


脊髄腫瘍という病気は、脊髄の中の神経細胞の一つに腫瘍ができるものと、脊髄の神経を覆う袋に腫瘍ができるものと、他にもいくつか種類があって、ほとんどが良性の腫瘍だそうです。

神経細胞に腫瘍ができたものは、比較的取りやすく再発もしにくいらしいのですが、神経を覆う袋に腫瘍ができたものは取るのも難しく、再発しやすいと言われました。

手術は大変だし、神経に触るのでかなり痛いでしょうね…

手術のために背骨の一部を切り取るので、リハビリも大変だろうなぁ~と推測されます。

同じような病気の方がいらっしゃったら、何かの参考になるかもしれませんので、時々経過をご報告いたします。

今年は、週末に着物を着て店に出よう!!と意欲満々だったんだけどなぁ・・・

いきなりくじかれた感じです。

早く実行できるように、完治させますね。

いつもありがとうございます。

支えてくださっている皆様に、感謝しています。


弱さを誇る

しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。
というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである。」と言われたのです。
ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。
(新約聖書・コリント人への手紙 第二 12章9節)

多分ね…
日に日に手術が近付いてくると、怖くなるんです。
悪性だったらどうしよう、
手術後はすごく痛いんだろうなぁ、
髄液が漏れたらどうしよう、
傷口がふさがらなかったらどうしよう、
感染症になるかもしれない、
子どもや友人と元気に話せるのは、今だけかもしれない・・・

寝付けない夜は特に、悪いことをたくさん考えてしまいます。

周囲の人が、みんな心配してくれます。
そうすると、余計に平気そうにふるまってしまう自分がいます。
でも、本当はそうじゃない。。。

だから、私はもう堂々と自分の弱さを表すことにしました。
私は、すごく弱いんです。

私が洗礼を受けた広島キリスト教会の牧師は、10年くらい前に心臓カテーテルの手術を受けました。
もうかなり高齢で、手術後もしばらくは弱ってらっしゃいました。
でも神様は、牧師に「まだまだやり残したことがあるだろう、もっと主の為に働きなさい」と、元気を与えているようです。
今は、昔と同じように、情熱的に伝道していらっしゃいます。

もし、私に使命があるのなら、今まで何にもやってきてないから、今からがきっと本番です。
この手術を通して、人の痛みがわかる人間になれるのでしょうね。

病室に聖書は欠かせません。
13年ほど前、職場で本当につらい目にあったことがありました。
その時も、時間があったら聖書を読んでいました。
これ以上力を与えてくれる本は、存在しないでしょう。

末娘が昨夜、ベッドの中で抱きついてきて言いました。
「ママ、あとどのくらいで入院するの?」
「あと10日だよ」
「いやだ。もっと一緒にいてほしい…」
この子の為にも、1日も早く元気にならなくては。

予兆

私の場合、腰の異常に気付いたのは、3年くらい前でした。

子どもたちが夏休みに入り、張り切って一緒にラジオ体操に行ったときです。


跳躍をした時、左の腰がピンピンと痛く感じるのです。

そこで、その時は跳躍をすることだけをやめました。

というか、できませんでした。


それから、朝のウォーキングなど積極的にしていましたが、

マラソンのように走ると、腰の同じ部分に痛みを感じるのです。


それでも、日常生活に全く支障はなかったので、病院に行くこともなく過ごしていました。



病院に行かなければいけないなぁと思うほど腰が痛くなったのは、去年の春くらいでしょうか・・・

それでも、時々痛む程度で普通に生活ができていましたので、
周囲の心配をよそに、病院に行こうとしませんでした。


いよいよ、立っているのも座っているのも辛くなった時、やっと病院に行こうと思い腰を上げました。

それが、約3カ月ほど前です。


その時の症状は、左の腰や左の臀部の深いところがジーンと痛むと言った感じです。

マッサージして痛気持ちいいという感じではありません。

ただ、痛いのです。


しかし、病院に行ったら「老化」と診断されました。

腰痛体操を教えてもらい、腹筋と背筋をつけるように支持されました。

また、できるだけ毎日、電気にかかりに来るようにと言われました。


診断

「老化」という診断に納得がいかず、痛みも日ごとにひどくなっていきます。

痛みは、左の腰、左の臀部、そして左足の付け根まで及び、

寝返りするたびに、上半身を下半身がうまくかみ合っていないような感覚がし、

くしゃみやせき、あくびをしても痛みが走り、

深呼吸もできない状態なのです。

これは、素人の私でも、老化以外に何か原因があるに違いない・・・と感じました。


その間、たくさんの友人が心配してくれて、カイロプラティックやマッサージなどを受けました。

いろいろしてみたのですが、全然よくならず、痛みは増すばかり。


仕事は椅子に座って事務処理をしていましたが、1日の半分くらいは家に帰って寝るようになっていました。

寝ていても痛いのですが、起き上がるよりは少しはましでした。


鎮痛剤でごまかしても決して解決にはならないと思い、

ギリギリまで痛みを我慢していました。


でもどうしても外に出かけなければならないときは、市販の鎮痛剤を飲みました。

また、痛みで眠れないので、寝る前も鎮痛剤を飲みました。


すると、痛みが鈍くなり、腰に違和感はあっても普通に歩きまわることができました。

しかし薬が切れると激痛が起こります。


年末は寝たり起きたりしながら仕事をし、年明けに我慢できず駆け込むように別の整形外科に行きました。


そこでも、前の病院と同じようにレントゲンを撮り、横になって足を動かしたりして診察してくれました。

しかし、先生は“わからない”と言います。

レントゲンをみる限り、綺麗な背骨をしていて痛みがあるとは思えない・・・と言われました。


すぐに紹介状を書いてもらい、MRIの検査をする予約をしました。

その間1週間・・・

あと1週間しないと、原因はわからないんだ・・・

そう思いながら、痛みを我慢していました。

1週間してMRIを受け、やっと脊髄腫瘍があることがわかりました。


今度は、これを大きな病院で切り取らなければいけない・・・

ということで、再び紹介状を書いてもらって、今の病院にうつったというわけです。


この病院でも再びレントゲンを撮り、入院に向けて肺機能や血液や血圧や尿の検査をしました。


主治医の先生は

「整形外科ではすぐに手術をしなさいということはあまりいわないんですが、これに関してはすぐに取らなければばいけません」といわれました。

そういう割には、先生の都合でそれからまた2週間待たされてしまいました・・・汗


痛みは、今も確実にひどくなってきています。


脊髄腫瘍とは

一般社団法人日本脊椎脊髄病学会 という団体のホームページから、脊髄腫瘍について書いてあるところを抜き出します。

● 脊髄腫瘍(せきずいしゅよう)


脊髄腫瘍とは脳からの信号を手や足に伝達する神経の束である脊髄およびその枝にできる腫瘍です。

脊髄腫瘍は脳腫瘍より数が少なく、一年間に10万人当たり1~2人程度の発生頻度といわれています。

腫瘍の発生する部位によって硬膜外腫瘍、硬膜内髄外腫瘍、髄内腫瘍の3つに分類されます(図1)。

硬膜内髄外腫瘍は脊髄を外から圧迫する形で発育し、麻痺や感覚障害、膀胱直腸障害といった症状を呈します。

発生する腫瘍の種類としては神経鞘腫髄膜腫といった良性のものが多く、ゆっくりと成長するため、腫瘍がかなり大きくなるまで症状が出ない場合もあります。脊髄が高度に障害された場合は、その回復は困難であり早期の発見と治療が不可欠です。

髄内腫瘍は脊髄の中に腫瘍が成長し、残存した正常脊髄を内側から圧迫します。やはり麻痺や感覚障害、膀胱直腸障害といった症状を呈します。発生する腫瘍は上衣腫、星細胞腫、血管芽細胞腫などがみられます。これらの腫瘍も確実に発育するため手術治療(腫瘍摘出術)が原則となります。しかし、正常脊髄と腫瘍の区別が困難で全摘出が出来ないこともあり、機能的および生命予後は組織の種類に左右されます。手術に際しては顕微鏡下での繊細な技術を必要としますので早期の脊椎脊髄病専門医への受診をお勧めします。 

居心地屋やまぢ・黒木素弓の笑顔給油所~一歩一歩 

私の症状は、これのどれに当たるのか、専門的な言葉ではよくわかりませんが、
神経鞘腫髄膜腫と言われたと思います。


お医者さまが説明してくださったお話では

脊髄の中を通る神経の一つが膨らんで他の神経を圧迫しているか、
脊髄を包む壁の一ヵ所が膨らんで、他の神経を圧迫しているかのどちらかだ
と言われました。

神経の一つが腫瘍になっている場合は割とポロリと取れるが(お医者さまの言葉のまま)、脊髄を包む壁が腫瘍になっている場合は、広範囲に脊髄の壁を切り取らなければならず、髄液が漏れる可能性もあり、再発しやすいそうです。

お医者さまは、「神経の一つが腫瘍になっている方であることを望む」と言われました。

切ってみるまでわからないようです。
お医者さまにとってみれば、リスクを説明しなければいけないんでしょうが・・・そんなこと言われたら、怖いですね。


入院当日


14時に病院にきて、まず最初に行なったのが、コルセットの型取り。
包帯のようなものをお湯で濡らして、体に巻き付けていきます。
胸の上の辺りからおへその下まで。
かなり長いコルセットになりそうです。

包帯のようなものは、すぐに固まりました。
固まったら、ノミのようなものでコルセットの型を切り裂いていきます。(ちょっと怖かった…)


このコルセットは、手術の次の日に出来上がるそうです。
30797円ですって…(-_-;) 後から、書類を提出すれば7割戻ってくるらしいけど…めんどく……(-_-;)


どのくらいの間、コルセットをしなければいけないのか聞きました。
ま、2ヶ月か3ヶ月だろうということでした。

暑い時期じゃなくて、本当に良かった…


手術は明後日です。

今夜は下剤、明日は浣腸らしいけど、ご飯は3食食べていいそうです。
手術当日だけ、絶食。



手術前DVDというものを見ました。

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手術前、手術後のことを丁寧に説明してくれました。

手術後1日は、寝たまま歯磨きもするらしいです…(=_=)

この状態の時に面会に来られたら…(ΘoΘ;)




今日の夕食です。
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心と体の準備

明日がいよいよ手術です。
今日は、明日の手術に向けての準備をしました。

まず、昨夜飲んだ下剤が早朝から効きだし、もーれつな腹痛と冷や汗。
1時間ほど痛みと格闘し、3回お手洗いに行ってやっと治まりました…

次に、麻酔科の先生からの説明。
私より少し若いかなぁと思われる、女医さんでした。

点滴で眠って、その後麻酔をし、口から人口呼吸の管を入れたりオシッコの管を入れたりするそうです…(-_-;)
起こり得るリスクについても○%くらいあります…と説明を受けましたが、10万人に一人という病気になってしまった私にとっては、確率は意味のないものです…
なるときにはなる!
失敗するときには失敗する!
それと同じように、成功するときには成功する!

それから、背中の産毛を剃りました。
手術する箇所だけかと思ったら、広範囲で背中全体剃りました。

その後、浣腸…
既に午前中に3回も出ているので、特に新しい発見はありませんでしたが………

シャワーで体を清め、傷のない綺麗な体(ボディラインのことじゃありません)と最後のお別れをし、、、

シャワーから戻ってみると、ベッドのパッドが替えてありました。
床擦れしにくいものだそうです。

手術担当の看護師さんが挨拶に来てくれました。
もの静かで優しい笑顔の、スリムでベテランの看護師さん。

「手術室では、みんな帽子とマスクをしていますが、私はいつもそばにいますから、何かあったらすぐに呼んでくださいね」
と言われ、とても安心しました。

今日の9時から絶食です。
明日の朝8時から絶飲です。
愛用の(^_^;)ボルタレンSRは、明日の朝まで飲んでいいそうです。

明日は、12時半くらいから麻酔を始めて、多分、13時半か14時から手術が始まります。
手術時間は3時間を予定しているそうです。
麻酔が覚めるのが手術後1時間くらい…
夕方になりますね。

応援してくださっている皆さま、本当にありがとうございます!
私は、こんなにたくさんの方々に励ましていただき、祈っていただき、世界一幸せな人間だと確信できました。
行ってきます!

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手術成功しました
ご報告だけ。
まだ、ベッドに寝たきりで寝返りもうてませんので、詳細は後ほど。
痛みも思ったほどではありません。
皆さまのお祈りと励ましのおかげです。
ありがとうございます。

術後経過その1

手術から4日目、体についていたチューブも1本ずつ抜け、だんだん身軽になってきました。
今は、手術前に刺した点滴の管だけです。

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痛み止めは、朝・夕のボルタレンSRだけですが、ほとんど痛くありません。
はっきり言って、拍子抜けしました。
腫瘍があったときの痛みがどれほど強かったのか、改めて感じています。

術後すぐは、鼻にもチューブが入っていました。
しかし、何か出ている感じがしなかったので、主人にこのチューブはと何なのか聞いてみました。
主人がチューブの元をたぐってみると……

な~んにもありません!

看護師さんに聞いたら、「あ、これ、すぐ外れちゃうんです!」と言いながら、壁についている機械に装着しました。
すぐに、鼻の中に冷たい空気が入ってくるのを感じました。

自分で呼吸できてるから、全く必要ないですね(^_^;)
術後の初笑いでした!
必要ないので、鼻のチューブはすぐに外されました♪

さて次は、術後2日間ほど背中に刺さっていた管の先です。
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さて、中身はなんでしょう?

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脊髄を切っているので、髄液が漏れるのだそうです。
このまま封印すると、血液や髄液が背中にたまって良くないので、出方が少なくなるまで管を刺していました。
綺麗なピンクに近い赤でした(^O^)/


コルセットができるまで、寝返りも一人でうてず、3時間おきに看護師さんが動かしてくれました。
看護師さんたち、天使ですね。素晴らしいお仕事です。

術後経過~傷口

習慣的に、この時間にはなかなか眠れません。
補助灯で本を読んでおりましたが、同室の方々は早くから休まれているので、補助灯と言えどもあまり遅くまで点けておくことがはばかられ…

しかし、入院前、9時頃にはすでに立っていることもできず、臥せっていたことを思い出すと、あの激痛がなくなっただけでも天国のように思われます。


手術後、まだチューブが通っていた頃の背中です。

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これじゃ、傷口がわかりませんね。


一昨日、チューブが抜けて、絆創膏になりました。

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思ったより傷が長いんで、写真見て驚きました。


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傷口アップ!

この絆創膏は、空気を通して水は通さないという、優れものだそうです。

今日は、術後初めてシャワーを浴びました。
しかし、屈んでもダメ、反ってもダメ。
髪と背中と足は、看護師さんに洗ってもらいました。





それにしても…

私がシャワーを浴びる前、私より10歳くらい若い男性の看護師さんが
「気分が悪くなったらいつでも呼んでくださいね」って…

あちらは何にも思わないでしょうが、私は男性の看護師さんにケアしていただくのには、かなり抵抗があります…(ΘoΘ;)

手術までの入院生活

脊髄腫瘍での16日間にわたる入院生活を、忘れないうちに記録しておきます。

長くなりそうなので、今回は手術までの2日間のことを…


1月25日(水) 午後2時入院 6人部屋 腰が痛いので、音楽を聴いてまぎらわす…

         寝る前に、下剤を飲む

1月26日(木) 手術に備えて、友人や子どもたちに葉書などを書く

         下剤が効いてきて、朝から何度かお手洗いに。

         手術の説明ビデオを見る

         麻酔科の先生から手術の説明を受ける

         手術担当の看護師さんから、手術の説明を受ける

         下剤で出切ったはずなのに、浣腸をする…何も出ませんでしたが…(^^ゞ

         入浴を済ませ、背中の産毛を剃ってもらう

         夜9時以降は何も食べないように指導を受ける(食べませんから…(-_-;))

1月27日(金) 点滴を入れる(葉書など出してて良かった!点滴が刺さったら身動きとれない♪)


※ちなみに、点滴を入れてくれたのは若い男の子の看護師さん。


「手術の時の輸血も想定しているので、針が一番太いんです。

痛いでしょう?ごめんなさい、ごめんなさい」 


と、何度も言うので、そっちが可笑しくてあまり痛みは感じませんでした。

しかし、ふと見るとベッドは血の海!

血管から血がたくさん飛びだした模様です…(-_-;)

点滴を差し終わった後、その若い看護師さんは慌ててシーツとマットを変えてくれました。

その時、マットも床ずれしにくいフワフワのものにしてくれたのでラッキーでした。

(マットを変えると言っていた別の看護師さん、どうも忘れていたようです…)

しばらくして、点滴の機械がピーピーとなりだし、ナースコールをすると…

若い看護師さん、針をさすのに気が動転してたのか、

点滴の機械をコンセントに差し込むのを忘れていたそうで…(-_-;)

ま、これからです、頑張ってね。


点滴を入れた後、手術着に着替えるように言われました。

いや、点滴する前に言ってほしかったなぁ…(-_-;)

T字帯って、ペラペラのフンドシみたいなのをして、後はスッポンポンで手術着に着替えます。

最近、男性の看護師さんが多いので、あまりいい気分はしませんね~


12時過ぎに、ベッドごと手術室に連れていかれました。

天井しか見えません。

手術室は、テレビで見るようなキラキラの大きな照明がいっぱいありました。

看護師さんやお医者さんの顔を下から眺める構図。

いよいよ始まります。。。このままだとドキドキしちゃう。落ち着かねば。

点滴から、麻酔の薬が入ってきました。

その麻酔の薬、腕がだるくなって、ピリピリとすごーーーく痛いんです。

「麻酔の薬、痛いですね…」

それが私の最後の言葉。後は全然覚えていません。 



宿題は病院で

小学校が病院のすぐ近くにあったため、

入院中は子どもたちがランドセルを背負ったまま病院に来ていました。

そして、まず、

「おなかすいた~♪」

お見舞いでいただいたお菓子や、朝食のパンの残りなどを食べて

それでも足りなくて売店に買いに行ったり…


その後、病室で宿題をします。

小5のカンナは、音楽を聴きながら宿題をするとはかどるんです。

小3のアイナは、音楽を聴いていたら歌い出すし、宿題していてもすぐに気が散ってしまいますガーン

集中するのは、漫画を読んでいるときだけ…



居心地屋やまぢ・黒木素弓の笑顔給油所~一歩一歩-120129_114609.JPG 

それでも、毎日のように病院に来て、しばらくの時間を一緒に過ごすことができたのは

とてもとても嬉しかったです。


この病院で手術をしようと決めたのは、小学校の近くにあるというのが一番の理由だったんですけどねラブラブ



1年後の述懐

昨年の今頃のことを思い出してみました。

原因不明の腰の痛みで、事務所に行っていても椅子に座っていることができず
家に戻って寝ることが多くなっていました。
お酒を飲んでも痛みは全く消えず、痛くて酔うこともできませんでした。
車に乗ると、その振動が腰に来るので、運転するのが怖くなりました。
夫に運転してもらっている時も、後部座席で横になっていました。

病院に行っても、「老化です。電気にかかりに来てください」と診断され、
途方にくれていました。

痛みの原因がハッキリしたのは、
今年の1月10日です。
MRIを撮り、脊髄の中にはっきりと映し出された2センチくらいの腫瘍。
素人目にも、これは取らなければいけないとわかりました。
診断名は『骨髄腫瘍』
10万人に一人という確率で発症する病気だそうです。
骨髄の内部に腫瘍ができるため、神経を圧迫して痛みが出るのです。

今までインフルエンザにも罹ったことがなく、健康だけが自慢だった私にとって、
生まれて初めての大きな病気でした。

入院したのが1月25日、手術は27日でした。
手術して2週間で退院。
退院してから2~3ヶ月の間はコルセットを着用していましたが、
生活自体はすぐに元通りになりました。
いえ、意識的に元通りにしようとしていたのかもしれません。

セミナー、勉強会、店に出勤、子ども会、そして飲み会・・・
動けなかった日を取り戻すように、本当によく動きました。



人は、いつ死ぬかわかりません。
いつ病気になるかわかりません。
明日、事故に遭うかもしれないのです。

やろうと思ったことは、後回しにせず、すぐに行動に移す。
私の病気は、そのことを教えてくれました。


今年の漢字・・・



再びいただいた健康、再びいただいた命。
そして、10月には念願だった小学校の同窓会で、会いたかった友人たちに
30数年ぶりに再会することができました。


人生はそう長くありません。
いつ、終わりを告げられても、悔いのない毎日を送っていきたいと思っています。


みんなの読んで良かった!