恋の魔法

人を好きになるってどんな感じだろう。ずっと一緒にいたいって思うこと?守ってあげたいって思うこと?それとも…失いたくないって思うこと?答えが見つけられないまま惰性に恋愛をしてきたように思う。よく「今の旦那と出会ったとき、この人と結婚するなって思った。」とか「この人しかいないって衝撃が走った。」とか言うけれど、私が彼と出会ったときそんな衝撃は微塵も感じなかった。むしろ本能的に「この人は好きになってはいけない」と思った。今から考えるとその時の私の勘は嫌になっちゃうくらい当たっていたのだけれど、好きになってはいけないと自分に暗示をかけていた時点で惹かれるものがあったのかもしれない。衝撃は走らなかったけど…。当時付き合っていた恋人に「あいつのことが好きなんだろ」と別れを告げられて彼に対する気持ちに気づいたけれど、その時彼には彼女がいた。その彼女がかわいくて私の大好きな先輩だったから、諦めるしかないと1年間自分に言い聞かせた。飲み会の席で彼と先輩がお酒に酔って体を寄せあったり、そのまま夜の街に消えたり、「ペアリングを買ったんだ。」とお披露目してもらったり。そんなことがあるたびに私はお酒に逃げて、次の日を二日酔いの犠牲にした。「単純接触効果だ。顔を合わせているうちはまだ好きかもと錯覚してるだけ。」そんな言い訳に限界を感じ始めたとき、あの大好きな先輩が鬱になった。彼に聞いても「知らない」の一点張り。間もなく、彼は先輩と破局した。その後どのようにして彼との距離が縮まったのかあまり覚えていないのはきっと、彼のかけた魔法にかかったからなのかもしれない。”女好きの彼”の魔法に。二人で飲みに行くようになったり、大学が同じ彼にモーニングコールをかけたり、お弁当を作ったり。彼にしてみれば私の気持ち知っててそれを利用しているだけのこと。「そんなことわかっているよ」と口では言いながら当時の私は彼の魔法にかかったまま、ずるずるとそんな関係が3か月ほど続いた。

 忘れもしない、その日は朝から人身事故が多発していた。後でわかったことだけれど某ゲーム会社の株価が暴落して自殺者が増えたとか増えてないとか…。不謹慎かもしれないけど、私はその人身事故に救われることになる。「このままの関係はいや。告白しようかな。」と友達に相談してはあと一歩が踏み出せず、「今日こそは気持ちを伝える!」と彼のバイトが終わるのを待っては結局言えず、一緒に帰る日が続いていた。その日も彼のバイト終わりを待ち、結局言えず終電で帰ろうと駅に向かうと、改札前でたくさんの人が立ち往生していた。「人身事故のため〇〇線は現在運転を見合わせております…」そんなアナウンスが響いていた。「お前のせいだぞ!」と怒る彼と、このまま待つのもバカらしいから1杯飲もうと近くの居酒屋へと向かった。1杯のはずが2杯、3杯と進み、私は彼に日本酒を飲まされ好きな人を目の前に好きな人への思いを語っていた。「付き合う?」そう切り出したのは私ではなく彼だった。どう答えたかは覚えていない。思い返すと、電車が動き出したであろう時間になってもなかなか席を立たなかった彼は居酒屋に向かう時点で「今日こそ告白させるぞ」と思っていたのかもしれない。その日は結局そのままホテルに行った。出会ってから2年半が経っていた。
 付き合ってすぐに鬱になった先輩が彼に「今の彼女は繋ぎ。就活が決まったらお前のもとに戻るから」と言われたと共通の友人に言い回った。先輩の妄想なのか事実なのかはわからないが彼は就活が終わっても先輩のもとには戻らなかった。その後の付き合いはいたって順調だった…と思う。共通の友人も多く一緒に飲みに行ったり、いろいろなところに旅行に行ったり、同じ講義を受けたり…。一緒に朝を迎えて隣に寝ている彼を見るたび「夢なのでは」と思った。少しでも長くこの夢が続けばいいと。彼は確かに女好きで噂の絶えない男だったけど、バイトでは一緒に働く人のことを考えた働きぶりで、軽いけど自分の中に芯はあってニュースを見ながら日本の行く末をあーでもないこーでもないと議論したりした。思ったことをなかなか言えない私の性格を「言ってみないとどうなるかわからない。」と本気で怒ったりするところもあって、そんなところが好きだった。酔っぱらった彼から夜中電話があり、バイト終わりに向かえに行ったこともある。相変わらず私は都合のいい女だったのかもしれない。酔っぱらって「俺がさみしさを埋めるために付き合ったと思ってるでしょ?」と聞かれたときには「そんなことないよ」ってすぐに答えられなかった。それでも私は「彼となら結婚してもいいかも」と思ったし、「将来そうなったらいいな」と思ったこともある。今の私はあんな薄っぺらい関係で結婚だなんてよく考えたもんだなと思ってしまうが。
 年の瀬が迫ると彼は卒業研究に忙しくなり、私は就職活動が始まった。でも、クリスマスも一緒に過ごし、年明けには初詣に行った。それまでは毎晩していた電話が減り、会う時間も極端に減ったのは年が明けてから、1月中旬ごろ。それでもズルいのは「卒業研究が終わるまでもう少しだから、終わったらいっぱい会えるから」なんて言ってくれちゃうところ。バレンタインにはチョコレートを手作りして待っていたけど彼は3時間遅刻。「好きじゃなくなったならはっきり言ってよ」と告げた数日後に別れを告げられた。「嫌いになったわけじゃない、君は悪くない。」メールと電話で約10か月の魔法が解けた。じっとしていると自然と涙があふれて仕方なかったから、毎日のように飲み歩いた。いくらお酒を飲んでも何も解決しないのに。でも触らなくても傷口が痛かったから、別の刺激でごまかすしかなかった。お酒以外のごまかし方は知らなかった。すぐに彼は社会人になってバイト先で顔を合わせることもなくなるから「単純接触効果がなくなれば忘れられる」なんて思ってたら、彼から電話来て「卒業旅行のお土産渡したいけど今から家行っていい?」とか聞いてくる。「電話するつもりなかったんだけど」とか言ってくる。そして傷口を触らなければ痛くなくなったころに、彼に新しい恋人が出来たことを聞いた。心のどこかで、もしかしたら復縁できるかもと思っていた世間知らずの自分がとてつもなく恨めしかった。心がどんなに傷ついても時間は止まらなくて、立ち止まって考えたいのに大学の課題や就活の締め切りが迫ってきて、でも皮肉にも時間によって風化することもある。時間が穏やかにしてくれた心は彼の夢を見ると荒波が立って、朝起きるたびに「夢か…」と気分が沈む。少し前まで「夢みたい」と思っても覚めなかったのに、今はすぐ覚める。そんな一進一退の毎日が続いた。
 やっと心穏やかに過ごせると思っていた7月。別れたからすでに5か月くらいが経っていたある日、帰り道、電話が鳴り画面には彼の名前が映し出されていた。彼と電話しながら駅から家までの道をどうやって帰ったか覚えていない。「結婚したんだ。」と彼から告げられて、最初に出てきた言葉は「おめでとう」だった。若干22歳くらいで結婚すると聞けばできちゃった結婚なんだろうなと想像はできたし、どうしようもない、足掻いてもどうにもならないという諦めの気持ちが出たのかもしれない。彼の結婚相手は私のバイト先の社員だった。電話をもらうほんの数時間前まで一緒に働き、電話を切った数時間後にもまた顔を合わせなくてはならない人。そんな彼女は私が彼と別れるかもしれないと悩んでいた時に「いろいろあるよね、大変だよね、わかるよ」と励ましてくれていた人だった。「出産予定日は10月だって。」逆算して、「被ってたんだ…。」とか思ってしまう自分が嫌になるくらい、一連のことについて何も考えたくなかった。でも、彼の最寄り駅を通り過ぎて大学に行き、彼と一緒に講義を受けた教室で1人で授業を受け、彼が立っていた場所でバイトをして、彼の奥さんと仕事の話をする。考えないわけにはいかないし、忘れられるわけもなかった。私と別れるときに悩んでいたのは彼女に子供ができたとわかっていたから?どっちを選ぶべきか迷ってたの?なんて都合のいいように考えてそうだといいな、とか考えて。でも、私と別れるときはまだ子供のことがわかっていなくて私は単純に負けのかもしれない。彼の性格を考えたらそっちのほうが真実に近いかもしれない。映画みたいなハッピーエンドはそんなに起きない。人生は世知辛い。
 彼を好きになってはいけないという勘は当たってた。でも、彼を好きにならなかったら、彼と付き合わなければ私は人を好きになるということがわからないまま、いまだに惰性の恋愛を続けていたかもしれない。彼の結婚を知って最初こそ「彼の幸せを喜ばなくては!」と自分に言い聞かせていたけど、わざわざ電話で私に結婚したこと、結婚相手を自分の口で報告してきたということは少なからず罪悪感を感じているわけで、わが子をみて曇りのない幸せに浸れているのだろうかと、奥さんは彼のことを曇りなく幸せにしてくれるだろうかと思うことがある。彼のせいで心の深い傷を負ったことは確かだし、そこから這い上がってくることがどれだけ辛いことか、どれだけ頑張ったかは誰にもきっとわからない。「最低男だった」と一言で片づけることもできるだろう。でも、私にとって彼は最低で最高な男だった。感じたことのない幸せと感じたことのない絶望をもたらした男。人を好きになるというのは自分が自分ではなくなること、魔法にかかったように冷静な判断ができなくなること。彼だったら、こんな時なんて言うのかな。彼だったらこんなことはしないだろうな。今でもきっと無意識のうちに比べてしまっているのかもしれない。彼が運命の人だったと思っているのかもしれない。何十年先でもいいからまた縁があればいいな、運命ってそういうもんだよなって本気で考えちゃってるのかもしれない。彼の魔法はまだ解けていないのかもしれない。

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