➀返せない借金は貰ったのと同じこと?(笑)

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●秋 アディダスバッグ

 

「でっけーな・・・・」

オレは思わず呟いた。煙草を吸っていた手が止まる。

新幹線の車窓。左手に大きく富士山が見えていた。

富士山を見るのは生まれて初めてだった。

北陸の片田舎、石川県の小松駅から北陸本線で米原。米原から東海道新幹線に乗った。

ずり下がったジーパンにUS・NAVYとプリントされたシャツ。気取ってレイバンもどきのサングラスをかけていた。

足元にはアディダスの黒のエナメルバッグ。皆が欲しがった憧れのバッグだ。

手には矢沢永吉の「成りあがり」の文庫本。

この本がオレのバイブルだった。

オレの人生を決めた本だ。

欝々とした田舎の工業高校3年生。その欝々とした毎日に、一本の光を当てたのがこの本だった。

この本には、オレの未来が書いてあると思った。

 

バンドでドラムを叩いていた。

 

「成りあがり」

こいつを読んだからここにいた。

雄大な富士山。

東京行きの新幹線。

オレもこっから成りあがってやる!

 

車内アナウンスが「横浜」を告げた。

今のオレと同じように、東京を目指した矢沢が、思わずここで降りたのかと思った。

わかるような気がする。

「横浜」という響きには、どうにも甘い響きがある。

たぶん、関東の人間にはわからないと思う。

西の田舎の人間には「横浜」という響きに、都会で、お洒落で・・・そしてキケンな匂いを感じる。

「横浜」

とんでもなく魅力的な響きだった。

 

矢沢ヨロシクで横浜で降りるわけにもいかず、終点、目的地の東京駅で降りた。

改札上の大きな路線図を見上げた。行先を確認する。

 

電車を乗り継いで「北府中」で降りた。

駅のトイレ。個室に入って学生服に着替えた。

煙草とライター、どうするか迷った。

・・・・・トイレに置いて出る。

 

歩いて訪問先に向かう。

ニュース映像で見た府中刑務所の壁・・・・ここが3億円事件の現場か・・・・。

 

就職試験で、オレはここに来た。

 

「では、これからホテルにお送りします」

50人弱の就活生を前に、担当者が告げていた。

就活生は、前日に集められ、本日はホテル泊まり。明日1日かけて就職試験が行われる。

 

マイクロバスで東府中のビジネスホテルに送られた。

 

・・・・・ホテルなんか初めて泊まった・・・・

 

矢沢永吉の「成りあがり」を読んで衝撃を受けた。

身体が熱くなった。

絶対に成りあがってやると誓った。

 

田舎には成りあがる要素がなかった。血沸き胸躍るチャンスがなかった。

それに、昔の戦国武将が京へ京へと天下を取りに向かったように、オレもやるからには東京で天下を取ってやろうと考えた。

 

そのためには、まずは東京に行かなきゃ話になんねー。

 

ホテルの窓に自分の学生服姿が映る。

サラサラと額を隠す髪の毛。

思わずリーゼント風に持ち上げる。

手を放すとサラサラの髪の毛は、すぐに額を隠す。

就職活動でパーマのかかった髪をバッサリと切っていた。

つまんねー髪型・・・・

そして、つまんねー学生服・・・・

 

「だっせぇ・・・」

 

オレの普段の学生服は中ランだった。ズボンはボンタンストレート、通称ボンスト。ボンタンをカッコイイとは思わない。

田んぼが広がる田舎町。ボンタンなんざ田吾作にしか見えねーよ。

なんせ足が短く見える。長ランも脚が短く見える。やっぱ、中ランにボンストが一番スマートに見える。

いずれにしても、そんな襟のカラーが高かったり、ふっといズボンだったりの制服で就職試験を受けるわけにはいかない。そんなところで我を通して就職試験に落ちるなんざ愚の骨頂だ。

真面目な後輩から学生服を借りた。

今頃、後輩は喜々として、オレの学ランを着てがっこーに行ってるはずだ。

 

 

成りあがってやる!

・・・・と言ったっところで、それがそんなに簡単じゃないことは分かっていた。

 

バンドはやっていた。

が、中学の文化祭用にクラス仲間で始めた急造バンド。趣味の延長で高校でもやっていた程度。プロになるなんざ考えたこともなかった。

ちなみに、隣に住んでいた叔父が元プロドラマーだったのでドラムをやることになった。それだけのことだった。

 

矢沢は音楽の世界で成りあがった。

オレには音楽の才能はない。

だから、実業の世界で成りあがってやる。

「自分で会社を興す!」

実業の世界での「成りあがり」、成功の証は上場させることだ。

だったら、オレは、史上最年少で上場企業を作ってやる!!

 

・・・・しかし、そんなことが簡単にできるはずはない。

まずは、就職して、その会社の中で成りあがってやる!

それができないと判断したら、その時は勝負してやる!

 

さて、まずは、どこに就職するか・・・・

真剣には考えた。

 

工業高校は電気科だった。

 

企業からの就職案内がきていた。

圧倒的に多いのは、電気工事に工場のライン作業・・・・

ちなみに成績優秀な奴らは北陸電力や、地元の一流企業の小松製作所に就職していく。

クラスで成績5番までってとこか。・・・・・2クラス80人中。

 

・・・・が、オレはヘルメットを被っての作業服仕事なんかはゴメンだ。

一流企業とはいえ工場のライン作業なんかも勘弁してくれだ。

・・・もちろん、北陸電力や小松製作所なんか入りたいっても入れてくんねーけどさ・・・

 

・・・・まぁ、肉体労働、現場仕事はオレには向いてないと思う。

オレには、もっと、こう・・・頭脳労働、デスクワークが向いてると思う。

ってことで、デスクワークの会社を選んでいった。

 

そうして選んだのが、明日試験の大手コンピューターソフトウェアの会社だった。

 

何はともあれ、東京に行かなきゃ全ては始まんねーよ。

みんなの読んで良かった!

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