種ナシくん~俺の精子を返せ!~

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種なしクン、誕生

 

後日、再びふたりでクリニックに足を運び、医師と面談することに。還暦を優に超えた、少しくたびれた印象の先生から、ボクからすると思ってもみなかった衝撃的な結果が告げられた。

 

「彼女の方は問題ないのですが、彼氏の方に問題がありますね」

「えっ、ボクですか? まさか、冗談でしょう!?

「まあ、落ち着いて。説明しますので、このデータを見てください」

 

【検査結果】

精子量:2ミリリットル

精子濃度(1ミリリットルあたり):150万個 

総精子数:300万個

精子運動率:20

 

 この数字が何を意味するか理解できないボクに、先生が淡々と告げる。

 

「精液の総量と、精子の形は問題ない。しかし、濃度が問題です。一般的に自然妊娠するための精子濃度は、1ミリリットルあたり、2000万以上が理想と言われている。しかし、あなたの場合は150万個しかありませんから、中度の乏精子症と判断せざるを得ません。また運動率も50%以上が理想ですから、著しく低いですね」

 

(そんなバカな……)

 

愕然としながら、せっせと避妊に励みながら、遊び呆けていた日々を思い出す。「下半身労基法違反男」と呼ばれ、それを自負していた自分がなぜ、種ナシくんなのか。

 

「だ、だってセンセ・・・ボクのオヤジは9人きょうだい、オフクロは3人きょうだいで、ボクはこの年まで病気ひとつしたことがない、健康が自慢の男なんですよ!? こう言っちゃアレですけど、アッチの方も・・・夜の方もメッチャ強いし、衰えなんか感じだこともないんです!」

 

 パニックになりながら、そうまくし立てるボク。先生はあくまで冷静に、諭すように、次のように説明してくれた。

 

「性欲が強い、弱いというのは関係ないんです。あなたのように元気な若者の精子が減っている現状は年々、世界中で増えている。特に先進国では顕著で、科学的にもさまざまなデータが発表されているんですよ」

 

 先生はそう言って、ボクのように診断結果に納得できない患者のために用意していたと思われる、新聞記事のコピーを見せる。彼女は一言も発せず、医師の説明に聞き入っていた。

 

 2006531日付、読売新聞の朝刊。『精子の数、日本最下位 フィンランドの6割/日欧共同研究』というタイトルの記事だった。

 いわく、日本人男性の精子数は、フィンランドの男性に比べて3分の2しかないなど、欧州4カ国の地域よりも少ないことが、日欧の国際共同研究でわかったという。それ以上に、「環境ホルモンが生殖能力にどう影響するか調べるのが目的」という言葉が目についた。

 

先生は続ける。

 

「男性不妊は本当に増えていて、うちのクリニックに来る不妊相談のカップルの内、半数以上は男性側に問題があるんです。ここに『環境ホルモン』と書いてあるでしょう。ポリ塩化ビフェニール、ダイオキシン、農薬、食品添加物などのことで、私が注目している重要なポイントなんです。これが、不妊が増えていることと無関係だとは思えない。あなたのような若い人たちは、小さいころから食品添加物や農薬まみれのジャンクフードを多く食べているでしょう? 普段、食材を選んで自炊していますか?」

「いえ、ほぼ外食で、忙しいからハンバーガーショップとか、牛丼とか、ファミレスとか。あとは、コンビニ弁当もしょっちゅう食べます」

「そうでしょう。突飛な意見だと思わないでください。生殖機能というのは、非常に繊細でダメージを受けやすい。だから、成長期に環境ホルモンに囲まれた生活を送るというのは、赤ちゃんを求めるなら最悪なんですよ。別にあなたが悪いのではなくて、企業の利益と論理が優先され、食の安全が正しく、消費者に伝えられていないのがいけない。きちんと説明していきましょう。まずは――」

 

 こうして、「下半身労基法違反男」改め「種ナシくん」の戦いが始まったのだった。

 

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第二章 「韓国が2750年に消滅!? 知れば知るほど恐ろしい農薬の闇」

 

上から読んだらクスリ、下から読んだら「リスク」

 

 この先生との出会いが、ボクの運命を大きく変えた。なんでも、産婦人科医でありながら反農薬団体にも所属し、マスコミがほとんど報じない農薬の害を積極的に発信している方だったのだ。時々、言葉は熱を帯びるが、極端な言説を盲信しているという印象はまったくなく、多くのデータを集め、純粋に正義感から啓蒙を行っているということが伝わってくる。当時でもう70代とご高齢だったが、お金にならないブログやセミナーを通じて、精力的に情報発信していた。

セミナーのテーマは、主に不妊治療、オーガニック食品、子どもの自閉症など。後日、ボクは農薬被害に関する多くの新聞記事のコピーを頂き、一心不乱に勉強して――諸説あるにしても、不妊治療を行う身として「農薬と不妊に因果関係はあると考えて、対策すべきだ」という結論に至るのだった。本章は少々、ややこしい話になるかもしれないが、物語を進める上で必要不可欠であり、決して他人事ではない重要なテーマなので、少しお付き合いいただきたい。

 

 まず聞かされた先生の持論は、「クスリというものは、常にリスクが伴うものであり、それは医薬品も農薬も同じ」というものだった。

 

「上から読んだら『クスリ』、下から読んだ『リスク』というわけ。世間の多くの人は、医薬品と農薬はまったく違う次元のものだと思っているかもしれないが、根本的には同じ合成化学品で、兄弟みたいなものなんだ。例えば、戦後に爆発的に普及した農薬のひとつ、有機リン系殺虫剤も、あるいは医療用の抗がん剤も、もとは戦時中の毒ガス兵器の技術を応用して発明されたもの。抗がん剤の起源は、ドイツ軍が開発した『マスタードガス』。もともと農薬開発のために合成された化合物だったのだけれど、それががん細胞も退治できることが判明して、医薬品に転用されたんです」

「え!? そんなの、健康に悪いんじゃないですか?」

「だから『リスク』なんですよ。抗がん剤は最終手段だから、安易に患者に投与したりはしないでしょう。まさに、毒をもって毒を制す、という典型だから、医者と患者がとことん話し合って、リスクも承知して、お互い納得した上で、初めて使うんです。それでも必ずがんが治るという保証はなく、副作用に苦しんで亡くなる方も大勢いる。最後の望みをかけて、医者も患者も命がけの判断をしているんです」

 

 そこから、先生の話はヒートアップする。くたびれた印象はどこへやら、口調もどんどんフランクになっていった。

 

「ところが農薬はどうか。何の覚悟もなく、当たり前のように、無造作にばらまかれているんだよ。本来なら抗がん剤と同じように、徹底的に慎重に扱わなければならないのに。農薬まみれの食べ物を子どものころから大量に食べさせられて、気がついたら精子の数が減っている――なんて、悲しい結果につながっているんじゃないか?」

 

 〝緩やかな毒殺〟と、先生は言った。

 

「農薬の害は遅発性だから、農薬を使った食べ物を口に入れて、すぐに症状が発言するわけではないんだ。もちろん、原液をそのまま飲めば死んでしまうが、何千倍、農薬によっては1万倍にも希釈されたものを散布しているから、当然、致死量にはいたらない。しかし5年、10年、20年かかって、徐々にその効果を発揮してくる。さまざまな研究データで明らかになってきている農薬被害は明らかに人災で、〝緩やかな毒殺〟なんだよ」

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