②返せない借金は貰ったのと同じこと?(笑)

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●1987年 反撃

 

冬。深夜1時。

オレは深夜の地下鉄、新路線の駅の工事現場にいた。

 

通路内の照明、コンセントといった電気工事をやっていた。

夜が明ければ建築屋がドカドカとヒトを入れて天井の工事が始まる。

その前に配線を終わらせなきゃなんない。・・・・・そうでないと配線しないままで天井を塞がれることになる。

 

朝になればウチの社員2人もやってくる。

・・・・社員っても、2人とも20歳そこそこ。ひとりは高校中退、ひとりは中卒。まだアルバイト気分ってふたりだ。

社員とはいえ、徹夜をさせるわけにはいかない。夜は帰していた。

情という部分じゃなかった。

無理をさせれば必ず無断欠勤といったツケがまわってくる。それなら、無理をさせないで毎日来てもらったほうがありがたい。

 

「電気屋」と呼ばれる電気工事の職人の世界だった。

ヘルメットをかぶり、腰には、ペンチ、ドライバー、ハンマー、プライヤーといった道具がぶら下がっている。

総量10kgにもなる。

それをつけて1日働く。

高校卒業して就職する時には、絶対に就きたくないと思った世界だった。

気づけば、その一番なりたくない職業に就いていた。

・・・いや、意思を持って就いていた。

 

誰ひとりいない駅の構内で、オレはひとり作業をしていた。

真冬の深夜。気温は零下にまで下がる。手足の先が芯まで冷えた。

風呂に入っていないために無精髭が伸びていた。

寝泊まりは現場事務所だった。

 

自分の会社を興していた。

 

叔母に手紙を書いた。

そこに自分の将来設計を書いた。

 

「自分で会社を興してやる!」が夢だった。・・・・それどころか「上場記録を塗り替える!」と豪語していた。

しかし、そんなことが簡単にできるはずがない。就職した。そして辞めた。

辞めた後には就職難が待っていた。

いや、仕事を選ばなければ就職はあった。

しかし、資格も何もない、ただの高卒の男に、夢や希望の持てる仕事はなかった。

 

「自分で会社を興してやる!」

を実現させる気でいた。・・・・いや、もう、それしかなかった。

 

「君たちなんか使い捨てなんだ!」

東芝の上司の言葉が頭に響いていた。

そして、それは社会の声だった。

どこへ行っても、何をしても「学歴」というガラスの天井が待っていた。

個人の能力、結果ではなく、まず「学歴」という参加資格が必要だった。

・・・・そう、学歴は社会に対しての参加資格だった。

野球場には、自由席があって、指定席がある。

指定席では選手が近くで見られる。より楽しめる。

自由席は遠くから眺めるしかない。

それと同じような、社会への参加場所の違いを決めるもの。それが学歴だ。

そんな仕組みの社会に迎合して就職する気がない以上、自分でやるしかなかった。

 

寄り道はしたが、

「成りあがり」

を開始してやる!

 

問題は、何をやるかだ。

 

竹村健一氏が「重厚長大から軽薄短小の時代へ」と盛んに言っていた時代だ。

鉄鋼とかの重厚長大産業からICなどの軽薄短小産業の時代への転換期って意味だったが、世の中の風潮も「軽さの時代」と言われる時代に入っていた。

現場仕事、額に汗して仕事する職業は「キツイ」「キタナイ」「キケン」の3K職と言われ、若者は敬遠。成り手がないといわれていた。

一方で、好景気の恩恵で、その3K職である、建築業界には建設ラッシュがおきていた。

 

「自分の会社を興す!」

プレーヤーが少なければ、勝率が高くなるのは今も昔も同じ。

誰もやりたがらない職業の方が勝ち目が多いと考えた。

同じ努力をするなら、結果がより大きく出るステージに立った方がいい。

今風に言えばコスパがいいってことか。

 

元よりの手先の器用さ、また、何の因果か、工業高校の電気科だったので基本的な知識があった「電気工事」の職人へと進んでいった。

 

一人前になるには10年かかると言われた。

妥当だと思った。電気工事といっても、その世界は広い。一般住宅の照明を取り付けるのも、野球場の照明を設置するのも照明工事という電気工事の一種だ。

家庭のコンセントを設置するのも、工場ラインの電源を設置するのも、電源工事といわれる電気工事の一種だ。

 

料理人の世界にも、和食があり、中華があり、洋食がある。そして、洋食の中にフレンチ、イタリアンがあるように、それぞれの分野で、さらに細分化された分野がある。

それと同じことだ。

 

一通り経験するだけでも10年はかかる。いやもっとだろう。

・・・・そこから独立するとなると何年かかる・・・・?

そんなには待てない。じゃあどうすればいい・・・・・?

 

・・・・料理人の世界では「料理人」としては独立しない。

フレンチの店であったり、イタリアンであったり、中華であったり、分野で独立していく。

その方法を真似ようと思った。

 

電気工事の世界は広い。ひととおり経験するだけで10年はかかる。独立するのはそこからになる。

・・・・であれば、狭い範囲をとことん勉強し・・・・フレンチ、イタリアン、中華といった分野にわけるのと同じように・・・・その分野での独立を果たそうと思った。それなら10年はかからない。

 

・・・・では、電気工事でどの分野が狙い目だ?

「計装工事」という分野があった。

この分野が、電気の理論、そして工事手法が最も難しいとされる分野だった。

そのため「計装工事」ができれば、どんな電気工事もできるとまで言われる。

そして、その中に「露出配管工事」という技術がある。電気工事業の中でも最も難しい技術のひとつだ。そして電気工事師の「華」といってもいい仕事だ。

私はそこを修行の場として選んだ。

 

 

 

●露出配管工事

 

電気工事では様々な電線を配線する。電気が使われているところには、必ず電線が通っている。電線には電気が通っているわけで、傷などで損傷を受けさせるわけにはいかない。・・・・漏電してしまう。

そのため、電線を保護するためにパイプによって電線を通すルートをあらかじめ作る。それが配管工事と呼ばれるやつだ。

配管工事はあらゆるところで行われる。天井内、壁内・・・・

天井内、壁内であれば、建物ができてしまえば見えることはない。

しかし、機械室、工場など、コンクリートの打ちっぱなし状態で仕上げるような箇所では、配管はそのままむき出しの状態となる。これが「露出配管工事」だ。

パイプはビニールパイプの場合もあるが、重要な個所では金属パイプが使用される。電線を通すところが全て真直ぐとは限らない。建物の状況に沿って、曲げなどの加工が必要となる。

パイプの太さは様々、2cm程度のものから10cm程度といったものまで。強度も室内用、屋外用では異なってくる。

これらを現場現場の状況に合わせて加工、設置していく。

わかりやすく言うと・・・・自転車のハンドルは綺麗な形状に加工されているが、元は1本の金属パイプだ。

バイクのマフラーも、金属パイプをバイクの形状に合わせて曲げてつくられている。

よく、バイクのスペシャルマフラーで「手曲げ」といった表記があったりするが、それは、1本の金属パイプをオーダーメイドで職人が手曲げで作っていることを表している。

それと同じような作業が「露出配管工事」だ。

4cm程度のパイプまでは文字通り手曲げで加工する。それ以上のものは油圧の機械で曲げていく。その現場現場での一点ものの加工品だ。

建物の形状がわからないため、どうしても、現場で合わせて施工するしかない。

 

この仕事には、手先の器用さはもとより、金属パイプを曲げるという物理的な力仕事の部分もある。

また、「電線を通す」という本来の目的のために種々の制約もある・・・・曲げ角度がきついと電線が通らなくなる、そのため細かな工事規定が決まっている。

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