オス化女子つるぞの【29】つるぞのに性別詐称疑惑が発覚しちゃいました!?

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今回は、2006年2月のヒーリングワークでのお話・・・


空き巣に入られたことがきっかけで、マンションを手に入れ、相方との結婚も決まり、しかも、ファシリテーターさんとの癒着の手放しも、着々と進んでいたころのエピソードです☆



前回が3月ごろのお話ですから、ちょっと時期が前後します。


2006年2月のヒーリングワークで、私はフォーカスパーソンに当たりました。


フォーカスパーソンというのは


みんなの前で、自分が抱えている問題や悩みをシェアし


その原因となっている心理的なブロックを取り除くためのセッションを


トレーナーから受ける人をいいます。



当時の私は、ずっと踏み切れずにいた相方との結婚を決め

(10月にハワイで挙式することになっていました。)


しかも、前々からほしかったマンションも手に入れ


さらに、なかなか進まなかったファシリテーターさんとの癒着の手放しも


ここへきて着々と、進みはじめていました。



なので、あとは幸せに向かってガンガン進むのみって感じのはず。


だから、本当なら


「このままどんどん幸せになりたいので、そのためのセッションをお願いします☆」


って、シェアしてもよかったんですよね。



ところが、このとき私は、何を血迷ったか


「兄の問題を放ったらかしにしたまま、幸せになんてなれません」


と、シェアしたのです!?



うちの兄貴、初登場です。


今まで話に出てきませんでしたから、「おったんかいっっ!?」と思われた方も多いでしょう。


はい、おったんですw



「兄を置いて、私だけ幸せになれません」なんて言うくらいだから、よっぽどお兄ちゃんが大好きなのね~と思われた貴女☆


い~え、ぜんぜんっっ!!


むしろ、同じ空間で同じ空気を吸うのも忌まわしく思うくらい、兄貴のことが大嫌いでした。



だったら、なぜ???


このあたりのことを、今回から何回かに分けて、お話しいたします。



まず、うちの家族について、説明させてください。


私が生まれ育ったのは、大阪の岸和田市。


だんじり祭りで有名な地です。


この土地で親父は、金融業と不動産業を営んでいました。


気性は激しく、自分のモノサシに合う人間はものすごく大事にしましたが


ひとたび自分のモノサシに合わなくなると、その人の人格そのものをも全否定し


完膚無きまでに叩き潰してしまう、そんな人でした。



それは、我が子に対しても同じでした。


私が高校2年のころ、親父の長年の浮気に耐えかねて母が家を出ていくことになったとき、親父は、私たち子どもにこう言ったんです


「お母さんについていきたければ、いけばいい。


ただし、そんなことをすれば、お前らをつぶすぞ。


この世の中で生きていけんようにしてやるから、そのつもりでいろ!!」



この考え方は、このときに限ったことではありませんでした。


小さいときから私は


「父のモノサシに合う人間でいなければ、この家でも、そして家の外でも、生きていけなくなるんじゃないか」


という恐れを、ずっと感じていました。



うちの親父は、この土地の名士でも、この国の権力者でもありませんから、私たちが世の中で生きていけなくなるようにしようにも、そんなことはできないでしょう。


大人になった今なら、それが分かります。


でも、親の庇護なしでは生きていけない無力な子どもには、それが分からなかったんですね。


そんなわけで父は、我が家の独裁者って感じでした。



うちのおかんは、結婚直後から親父の浮気に悩まされていたせいか、私たち子どものちょっとしたことにも、ひどくヒステリックな怒りかたをしました。


激しい体罰もしょっちゅうで、気がつけば、私も妹も、そんなおかんにはあまり近づかなくなっていました。


おかん自身も、そんな自分が嫌だったんでしょうね。


私が小学2,3年生くらいのころに、割烹のお店を開き、夜にはそのお店へ出かけるようになりました。


お店のお客さんとおしゃべりをして、気分転換できるようになったおかげか、おかんがヒステリーを起こすことも減りましたが


日中は、夜に備えてずっとリビングで昼寝をし、夕方には出かけて、夜中に帰る毎日になったので


みんなの読んで良かった!

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