幸せになりたい

今はwebサイト企画の仕事をしている。ずっと机に座って作業するのが苦手な自分にとっては、向いている仕事だと思う。なによりスーツをきなくてもいい。革靴で外回りをすることもない。嫌なのは、仕事終わりに飲みに行ってスーツの友人たちを見た時に、どこか劣等感を感じることくらい。


2回転職をしている。どちらも映像関係の仕事だった。ブラックと言って間違いない仕事量でプライベートを楽しむ余裕はなかった。自分の携わった仕事を終えても何の感動もなく達成感もなかった。この時が一番「映像」をいうものが嫌いな時期だった。


専門学校に通い直した。映像への熱が再熱した。何か自分の作品を残したいという気持ちが強くあった。クラスメートと作品を作り、遊んだ。楽しい日々だった。味わえなかった青春時代を取り戻した気がした。映像の中でも「シナリオ」に興味を持ち始めていた。いまここにこの文章を書き込んでいるのも、ものを書くのが好きなことに、この時気付いたからだと思う。


石垣島に住んでいた時があった。住んでいたと言っても2ヶ月ほどだが、間違いなく人生の転機で最高の日々だった。新卒で入った会社を辞め、なんにも考えずに石垣島に行った。自分のことを誰も知らない土地で暮らすのはとても居心地が良かった。本名ではなくアダ名で呼ばれていた。狭い世界だったのでご飯屋さんではいつも知り合いがいた。そこでできた友人もアダ名で呼んでいたので、今となっては本名はわからない。連絡先も交換していない。おそらく、もう二度と出会えない。そこで映像の仕事をしている方と出会った。


大学を卒業し、上京した。地方を離れたことと周りと異なる仕事に就いたことに自信を持っていた。最初はやる気に満ち溢れていた。進んで仕事をし、周りから学んだ。周りより大変だが達成感は誰よりもあると思っていた。1年ほど経った時、同じく上京していた友人と会った。友人の仕事の話を聞いているうちに、自分の生活に疑問を感じるようになっていった。


大学は何もしていない。バイトも恋愛もそれなりにしていたが、何も今に残っていない。ただ4年間通っただけ。自分のやりたいことも見つかっておらず、将来について何も考えていなかった。ただ、人とは違うことがしたい、何か残したいという気持ちは持っていた。


家から一番近い高校に通った。それなりに勉強はできたのでなんの苦労もなかった。部活には入ったがすぐやめた。バイトはしなかった。学校が終われば友人と日が暮れるまで教室で話して、家に帰ってそのまま寝た。甘酸っぱい思い出も、苦い思い出も何もない。この時はそれを当たり前だと思い、振り返りたいとも思わなかった。


人より少しだけ勉強ができる普通の子供だった。優しい両親と姉と暮らし、何の不自由もなかった。友人もそれなりにいた。小さい頃の写真はいつもピースをして、少し恥ずかしそうに笑っている写真ばかりだった。

遡って見ると、なんだか恥ずかしい人生だなと思う。紆余曲折はあるがそこまで大きく外れているわけではない。大きな事件もない。人より我慢する力がなくて仕事をすぐにやめ、そのくせ何か自分の生きた証を残したいと考えている。

いままでの人生いつが一番幸せだったのだろうかと考えてみる。
なんの苦労も知らなかった子供時代。何も考えていなかった高校、大学。プライドばかり強かった新卒時代。少し冒険してみた石垣島にいた時代。青春を取り戻した専門学校時代。また自分の生き方につまづいた転職。そして今。

決して今ではない。だけどいつかと言われれば困る。
今回このSTORYで時間を遡って書いてみたのは、将来についてはまだ未定だからだ。

今後自分の考え方は変わるかもしれないが、
いま、この瞬間は、将来に一番幸せな時が訪れることを願っている。

将来このSTORYを見返した時、同じことを思えたら、本当に幸せだと思う。

みんなの読んで良かった!