生活の風景から



「格差社会」を身近に感じる瞬間。


私たちの日常の中で、人と人との関りは、とても大切なものである。

世界中の誰一人として、一人きりで生まれてきて、生きてきたひとは、いないはずだ。
これまで、社会が繁栄し、私たちが、生きてこれたのも、今の高齢者の方々が、社会をささえてきたからに他ならない。

お年寄りの介護の問題が日常の風景の中において特別なことでは、なくなったように思う。
私の職場でも、自分と席を隣にする人が介護問題に苦しみを感じている。

同じ命であるというのに、生まれてくる「命」は、華々しく、迎えられる。
しかし、お年寄りのように、過ぎ去っていく「命」は、あまりにも軽く扱われているように感じることがある。

介護と仕事の両立問題は、特に厳しい。
経済や社会システムの歪が、人の心を寒々しく、変えてしまったのか、
或いは、寒々しく変わった人の心が経済や社会のシステムをゆがめているのか。

介護というのは、これまでの社会の功労者をいたわったり、自分の両親をいたわったりする、人間として、間違いなく、立派な行いである。

このような立派な行いをしているにも関わらず、介護がもとで、社会的身分を失いかねない、という事態が、私たちの身近なところにまで迫っている。

高齢者や大切な家族を労わることが、格差の下に置かれること自体が、なんとも、もどかしい。

高度な技術や学問は、人間の幸福に寄与するためにあるものだと信じている。
いつになるかは、わからないが、必ず、私は、この問題の解決にチャレンジしていきたい。

そして、地域社会の変革に寄与したい。

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