進学をあきらめていた自分が後につかんだもの


中学生時代、私は、不登校気味だった。中学2年の頃は、2週間ほど休んでしまった。

ほぼ、全て無断欠席だった。

当時、わたしは、母と2人暮らし。母は、仕事で昼間は、家にいない。
私は、朝、登校をするふりをして、途中で家に帰ってくる。
家では、テレビを見るだけ。何もすることは、ない。
昼には、母が帰ってくる。母の職場は、家の近所。
母が帰ってくる、昼の時間だけ、私は、押し入れの隅に隠れている。
しばらくは、母の目を欺くことができた。しかし、やがて、見つかってしまった。
うすうす、母は、わかっていたらしい。

不登校の原因は、自分でもはっきりしない。部活動の練習がきつかったのか、人間関係がなんとなくうまくいっていなかったのか、複合的なものなのか。

この頃から成績は、急降下。
部活動も休みっぱなし。
学校に行けば、同じ部活仲間からの説教が始まる。
部活動が強制だった時代ということもある。

「勉強なんかしなくても、人間性が大事だ」
と根拠もなく、思っていた。

中学3年になり、皆が高校受験を意識し、学級でも競争ムードが高まっていった。
「テストの点数で、人間性が決まるものか」
またしても、根拠もなく、そんなことを思っていた。

担任からは、「あなたは、本来、決して、成績の悪い子ではないけれど、この成績では、いける高校がないよ」と宣告されていた。

やっとのことで、公立高校への入学が決まった。
地元の工業高校機械科だった。

高校2年あたりから、学級が荒れてきた。他の生徒の悪口、物を隠させる、壊される、授業妨害などは、日常茶飯事。
教師も教師で「お前たちは、どうせ、勉強ができない奴らばかりだ!お前たちは、進学もできない。
どうせ工場ではたらいても、すぐに辞めていくやつばかりだ」と決め込んでいる。

せめて今みたいにインターネットが普及している時代だったら、違っていたかもしれない。
自分で情報を探して、自分で道を切り開いていたかもしれない。

高校3年の時、母が再婚し、家を出ていった。
突然の出来事だった。時々、外泊をするようになった母を不審に思っていた矢先だった。
再婚には、驚いたが、そのおかげで専門学校に進学することはできた。

やがて、就職も決まった。録音制作の仕事をすることになった。
同時に、とある団体との関りから、地域貢献活動にも身を置くようになった。

約18年もがきに、もがきやってきたが、度重なるハラスメント、業績の悪化、不況が重なり
年齢も30半ばとなっていた。

「お前は、こんな簡単な作業もできない、クズだ」と会議の席でなじられ続けた。
もう限界だ。と思った。

「もう一度勉強をしよう。大学を卒業して、なんとしてもやり直そう」
そう誓って、会社を退職。
そして、時間の捻出をしようと考えた、転職先でも、度重なる精神的な暴力、暴言。

再度の転職をし、今度は、福祉の世界に身を置くことになる。
そこでも、若い大学卒業者との人間関係や将来性などで悩みながらも、通信制の大学は、無事に4年で卒業。教員免許の取得もできた。
すでに40歳をすぎていた。

自信なんてない。根拠のない自信すらもてない。
恰好のいい成功物語でもない。
でも私は、人間の力をあきらめなくなった気がする。

あの時、「そんな簡単なこともできないのか。プロのくせに、お前は最低だ」
といった上司は、どこに行ったかもわからない。
当時の会社には、臨時の教員になるにあたり、在職証明をとることとなった。
「えっ、先生になるの」
「がんばってね」
短い電話でのやりとりだった。

人間の力を信じよう。それをどうしても必要な人に伝えたい。
いまは、そんな気持ちでいっぱいだ。

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