通信教育部で学ぶ ①

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後編: 通信教育部で学ぶ ②



最短で卒業するぞという決意が半分、

長くかかってもやり抜くぞという決意が半分だった。


 中学で成績下位に落ち込んだ自分は、その後、進路選択の自由がないことを知った。
その後は、思い切り自信をなくし、毎日を失望しながら、生きてきた。
でも、世間も景気が良かったこともあり、あまり悲壮感はなかった。
フリーターという言葉がもてはやされ、それなりにステータスもあった気がする。

 社会の中で働くようになって「自分には、勉強など関係ないのだ」
と、どこかで見切りをつけていた。
その実、向き合って失敗することが怖かったし、
少し、挑戦してもスケージュールが合わず、後回しにせざるを得ない状況もあった。

 そのようなこともあり、
仕事は、勉強を進めるのに、適したところに転職した。
朝は、10時出勤、夕方は、早ければ6時に、帰ることができる。
 
 月収は、15万程度。
私は、勉強に集中するため、このまま、独身で
と決めていたので、本来、妻帯者なら、家族のために使う時間を
勉強にあてることができる。

 まずは、スケジュールだ。
試験は、受けられるだけ受けよう。詰め込むだけ詰め込もう。
最初に試験ありき、それに間に合うよう、規定のレポートを
書き上げる。

 毎月、一回に3科目か4科目の試験を2度は、受けていたのだろうか。

 モチベーションになっていたのは、怒りの感情。
前々職の18年間勤めた会社では、毎月、罵倒され、
仕事量も極端に制限されてしまっていた。

 転職を決めたとき、
「お前は、逃げているんだ。環境を変えたって、自分が変わらなければ、同じだよ」
という声も聞こえてきた。

「転職ばっかりして、ふらふらしてたら、だめだぞ」
という声もあった。

 私は、或いは、仕事と地域活動の両立に敗れたのかもしれない。

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