こせがれの夢②

中学校時代

優等生の小学校時代を終えて、中学校に進んだ。
この頃、塾にも通い、まぁまぁ勉強したと振り返る。
テストで上位は点数を取ると、結果を廊下に貼り出されていた。

家庭教師に塾、必死だったが伸び悩むところにきた。
やんなんちった感じですね。
中学2年の夏休み、勉強がバカくさくなった。

恋もする時代だった。まわりはカップルがどんどん出来て焦りを感じていた。
急いで初体験を済ませて大人になった気分。
不良がカッコ良い時代で、ビーバップハイスクールが流行っていた。

好奇心からタバコを吸ってみるがなかなか慣れずに気持ち悪いし、カッコつけるのも大変だなぁと思っていた。

学生服は少しだけ太いズボン(ボンタン)を小遣いから買って、先生に注意されないかスリルを楽しんでいた。
白いエリカラーをやらないことがステイタス。ジャージは大きいサイズの裾を折ってボンタン風に太もも付近を無理やり伸ばしてはいていた。
カバンは薄いほどカッコイイとされていた。
服などにお金がかかる様になると、パチンコで500円玉と1,000円をたくさん財布に入れていた祖父から拝借していたが、だんだんとエスカレートするので、もちろんバレて怒られた。

友達と悪さをすることが楽しい日々、万引きも流行りで、より高額な物を盗めることで自慢出来た。地元音楽店からCDを1枚盗んだ。大丈夫と味を占めて今度はもう2枚とエスカレートした。
友人に、このアルバム欲しいと言われて俺が取ってくると調子に乗って出かけた。その日は店員の顔つきが違った。人数も多かった。
頼まれたCDを学生服のポケットに入れ店を出た瞬間。
ちょっと待て‼️と店員が皆で追って来た。
必死で逃げたが、捕まり引きずられて店内で説教され号泣した。悪いことをしたのは知っているが、進学に影響するぞ、警察に話さないでやるからと言うことで帰宅する。
父はもちろん怒っていたが、欲しかったら何故話さなかったと母は泣いていた。
自分の部屋にあったCDは約200枚だったと記憶しているが、店主が全部万引きしたものだと言って父が支払ったのを見て悔しい思いは今も忘れていない。

もちろん喧嘩も多く、隣の中学と関ヶ原の戦いの様な大決戦もあった。多少の自信もあって、腕相撲は強かったし、喧嘩はルールの無い試合、切れた方が勝ちと思っていた。

志望校は行きたい学校から、行ける学校へと変わって行った。
県内の園芸科がある某学校なら学力では合格出来る自信があった。
そしてその高校は県内では一番の不良学校と聞いていた。
ここでトップになれば、ワルで県内一番になれると思っていた。
園芸科を選んだのは、この頃、農業と庭師をしていた父と同じ様な道を進むことを決めたと思う。
長男で生まれたからには、他の仕事をすることは厳しいと感じはじめていた。

中学も卒業が近づく、修学旅行は京都。他の学校の生徒と喧嘩にならないように先生方はいろいろ対策していた。
学生服は標準の物しかダメで、持ち物検査があるために、ボンタンを食べ終えたポテトチップスの袋に入れてアイロンで封してまで持って行った。

卒業式は、短ラン、ボンタンで通学し先生に保健室に閉じこめられ、式典に出席した記憶がない。
後輩たちが見送る花道を花束を持って歩くことが、とても重要だった。
ボタンを後輩の女性に欲しいと言われることがカッコ良かった。
あまりモテなかったなぁ。笑

高校時代へと続く

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