【第10話】恋する惑星:シンガポール1996年、ベンクーレン通りの安宿にて

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ラッフルズホテルのハイティーに行くことが決まると、すっかりご機嫌なICUはベッドに戻りバックパックの底から着替えを取り出した。たぶんドレスコードがあるからさすがにビーサン短パンでは入れてくれないだろうということで、僕とバイク便も着替えることにした。

とりあえず僕はフレッド・ペリーの黒いポロシャツにジーンズ、スタンスミスのスニーカー。これだって一応革靴だ。ま、これで入れなかったら帰ってくればいい。バイク便は困っていた。彼は襟のついたシャツをひとつも持っていなかった。安いものを買ってくるよとバイク便は言ったけど、無駄な出費をさせては申し訳ないと思い、僕のこれまた白いフレッド・ペリーのポロシャツを貸すことにした。長身の彼には少し小さいかと思ったけど、やせた彼の体にはちょうど良かった。

しかし、問題に気がついたのはICUだった。彼女は僕は二人を見て吹き出した。

「やだー、ペアルック~。すごい仲良しみたい。妬ける~。」

白と黒、胸元には同じマークの刺繍。襟と袖口には色違いのライン。むしろ、全く同じものを着るよりもペアっぷりが際立っているとICUは笑った。

「そんなに笑ったら貸してくれた人に悪いよ。さ、早く行こう。」

そそくさと出口に向かっていたバイク便が振り返ってICUにこう言ったんだけど、その時、彼がICUを二度見したのを僕は見逃さなかった。でも彼の気持ちはよくわかっていた。ICUは濃い緑色のワンピースを着て、メイクもして超かわいくて正真正銘のお嬢様スタイルだったから。というかこんな姿こそが、いつものICUなのかもしれないなのだけれど。

ティールームは混んでいたものの、僕たちは何とか席を確保し優雅なティータイムが始まった。話題に困ったバイク便はICUに来年度どんな授業を授業を取ったら良いのかなどのアドバイスをしていた。もちろん僕には全くわからない話だったので、ここぞとばかりにあらゆるケーキとスコーンを食いまくった。かなりの金額を払うことになるので、今夜はこれが夕食だと決め猛烈に食べた。そして、お腹がいっぱいになったあとにお茶を一杯飲んで、僕は退散することにした。

「あ、じゃあ、僕はこれで。バタム島に行く船の切符も予約しないといけないし。」

バイク便も思わず席を立とうとしたけど、僕は両手でバイク便を席に押し戻した。数日前の話で僕はバタム島行のフェリーの切符は予約が必要ないことをバイク便から聞いていた。バイク便が恨めしそうに僕を見る。

ラッフルズホテルを出て、その辺をぶらぶらしたあと、宿に戻ったのは暗くなってからだったと思う。ドミに戻るとゴリラとカミラ1、2が今夜のハングアウトの計画を大盛り上がりで立てていた。ゴリラは僕を誘ってくれたけど、丁寧にお断りした。ゴリラが出かける前に少しだけ、今日の報告をしてバイク便とICUはうまくいったのかな?と僕が言うと、ゴリラはこう言った。

「まあ、帰ってこないってことはそれなりにうまくいってるってことだろ。もしかしたら今夜は戻らないかもな。」

ゴリラは右手をグーにして親指を人差し指と中指の間に突っ込み、さらに卑猥な笑みを浮かべダメ押しにこう言った。

「じゃあな、サドリーボーイ。いい夢を!」

今度は右手を何かをつかむ形にして上下に動かしてニヤリと笑い、カミラ1&2と出かけていった。エロゴリラめ、今夜お前のベッドに脱糞してやろうか。まあ、でも、久しぶりに静かな夜が過ごせると思うと、それはそれで悪くなかった。

予想以上に早く、バイク便とICUは9時過ぎにはドミに帰ってきて、すぐに二人はベランダに移動して何かをずっと話しこんでいた。やっぱり明日くらいにはバタム島に行こうかなあ、とぼんやり思っているうちに僕は寝てしまった。

真夜中にゴリラとカミラ1&2がドミに帰ってきた。3人はすぐに寝た。しかし、カミラのどちらかのいびきが強烈にうるさくてどうしても眠れずにベランダに出た。すると、ベンチにバイク便が座っていた。今日、どうだったとバイク便に聞くと、彼は他の人の睡眠を邪魔しないように小さな声で言った。

「どうって言っても、お茶して夕食を食べて帰ってきただけ。でも、インドには行くのはやめようと思ってる。」

おい、あれだけヘビーなケーキを食べて、お前ら夕食まで食べてきたのか?と驚いたけど、驚くのはそっちじゃない。

「え、インド行かないの?で、それ、ICUには話したの?」

まだICUには打ち明けてないとバイク便は言った。

「あ、でも、行かないのはICUがこっちにいる間だけ。正確には延期かな。インドのツーリストビザの有効期限は6か月だから、今すぐ行かなくても大丈夫。彼女のチケットは30daysFIXだから、インドに向かうのはそれ以降。」

バイク便はICUがゴールドカードを持っていることをたぶん知らない。

「もちろん、ICUのことは好きだった。ずいぶん前からね。」

暗闇の中でついにバイク便が本心を白状した。

つづく

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