【第12話(最終回)】恋する惑星:シンガポール1996年、ベンクーレン通りの安宿にて

前話: 【第11話】恋する惑星:シンガポール1996年、ベンクーレン通りの安宿にて

シンガーポール7日目、出発の日の朝。

朝日が昇る少し前、準備を整えたバイク便とICUはドミでバックパックを背負った。僕たちはバスでチャンギ空港に向かう二人を見送ることにした。ICUはみんなと朝食を食べられないことを残念がった。安宿の前で記念撮影。「写ルンです」のシャッターを代わる代わる押す。

実は、カミラ1&2は「Just Married」とペン書きした空き缶に紐をつけたものを二人が乗るバスが来たら手早く結びつけようというイタズラを準備していたんだけど、それは当時からこういう悪ふざけに寛容でないシンガポールでは、乗り込んでいるバイク便とICUにとんでもない迷惑がかかるんじゃないかという意見で却下された。

バスを待つ間、ICUがカミラ1&2と名残を惜しむ。ゴリラと僕はそれを眺める。バイク便はゴリラに3週間後には戻ってくるから、その時はまたよろしくと言った。ゴリラはだまってうなずいた。

チャンギ国際空港と行き先が記されたバスはすぐにやって来た。

初めにICUがバスに乗り込もうとステップを上がる。それを後ろから気遣うようにしてステップを上がるバイク便。これ以降もこういう見送りの場面には何度も出くわしたけど、いまだにこの見送りが僕にとっては一番印象に残っている。

二人はバスの後ろの席に座って窓から手を振っている。ゴリラ、僕、カミラ1&2も手を振り返す。バスはゆっくりバス停から離れ初め、二人の姿はどんどん遠ざかっていく。

見送りはあっという間に終わった。あっけないものだ。

それから、少し寝直してから、残された僕たち4人はこの頃にはすっかりルーティンになっていたベランダでの朝食を始めたけど、二人がいないベランダはやっぱりちょっと広くて寂しかった。僕たちはそれに気がついてはいたけど、誰もそのことを口に出さずにバイク便が残していったキャメロンハイランドのお茶を淹れて飲んだ。

それからカミラ1&2はJB(ジョホールバル)に行くよと言って、今日は夕方まで戻らないから、あなたとはこれでお別れだけど、元気でねと僕に言った。

それから宿で時間をつぶした後、ゴリラと近所のマクドナルドで昼食を取り、いよいよ僕もこの宿を去る時間になってきた。

「バイク便は戻ってくるけど、お前とは完全にお別れだな。」

僕はバイク便にポロシャツをあげたようにゴリラにも何かあげようと思って、バンコクで買ったクランベリーズの「No need to argue」の海賊版カセットテープをバックパックから取り出した。手渡そうとするとゴリラが言った。

「おい、ケツの穴、俺を誰だと思ってるんだ?それは持ってるぞ。」

まあ、そうかアイリッシュの君が持ってないわけはないか。で、そのテープはやめて他のテープを取り出し、Offspringとどちらにしようか迷ったけど、NOFXの「Heavy petting zoo」のテープをあげた。

「これは、君にぴったりの最高のアルバムだ。」

僕がこういうとゴリラは爆笑した。お返しにゴリラは下のグロッサリーで買ってきたヌテラの500mlの瓶をくれた。クソ重い。迷惑だよゴリラ。でも、彼は僕がそのクソ重い瓶をバックパックに収めるまでその場を離れなかった。

「じゃあ、気をつけてな。」

数時間前に二人を見送ったバス停で僕はゴリラに見送られることになった。

「Good Luck !!」

ゴリラがポケットから出した右手をあげる。握られた拳はよく見ると人差し指と中指の間に差し込まれた親指がくにくに動いている。

「おい、サインが違ってるだろう。」

と僕が言うと不敵な笑みを浮かべつつゴリラは言った。

「これでいいんだ、お前には。」

バスはまたゆっくりとバス停を離れ、ゴリラはどんどん小さくなっていく。ゴリラがゆっくり手を振っている。数十分後、バスは港で僕を下ろし、バタム島行きのフェリーはもう岸壁に着いていた。

初めに言ったように僕はドミが嫌いだ。面倒だし、煩わしい。

それ以降、バリ島に着いてからもどうしようもない時以外、ドミには泊まらなかった。でも、それ以来、僕はこんなに面倒くさくて楽しくて、ドラマッチックなドミ滞在を経験することはなかった。

たぶん、これからも96年頃に過ごしたこのドミのことを時々は思い出すことだろう。人が生きていくことの醍醐味は、こんな面倒さと煩わしさの中に込められているのかなと、今はそんなふうに思わなくもない。

その時は全くそうは思わなかったけれど。

おわり。

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