バンドをやっていた時のこと、音楽遍歴、あれこれ・その2

前話: バンドをやっていた時のこと、音楽遍歴、あれこれ・その1
次話: バンドをやっていた時のこと、音楽遍歴、あれこれ・その3

 そして待つに待つこと二ヶ月。中一の11月になり、ようやくFM放送でビートルズ特集が組まれることとなった。ちょうどそのころ、「ラブ・ソングス」(現在は廃盤)というビートルズのバラードの曲を集めたベスト盤が発売されることになり、これの特集が組まれたのである。私とビートルズとが接するきっかけとなった「イエスタデイ」を始め、「ミッシェル」、「サムシング」といったビートルズ・バラードの名曲が放送され、私はこれらを喜び勇んで録音した。その一ヶ月後、たまたま近所の百貨店内にあレコード店に入ってみた。前述のとおり、当時、自宅にはレコードプレイヤーがなかったので、それまでレコード店なるところに入ったことがなかったのであるが、ともかく、一度、ビートルズのレコードを見てみたいと思ったのであろう。

 その一ヶ月後、たまたま近所のレコード店に入ってみた。前述のとおり、当時、自宅にはレコードプレイヤーがなかったので、それまでレコード店なるところに入ったことがなかったのであるが、ともかく、一度、ビートルズのレコードを見てみたいと思ったのであろう。

 店内をぶらぶらしていると、アルバムのカセットテープ版の販売コーナーがあり、そこにビートルズのアルバムがあることを見つけた。私は大いに心揺さぶられ、後日、お小遣いを持って、あらためてそのレコード店を訪問した。何を買おうか迷ったものの、ヒット曲が入っているという理由で、「ビートルズ・ハリウッドボウル・ライブ」(現在は廃盤)を購入した。

 余談だが、ビートルズは現役時代にはライブ・アルバムを出すのには反対の立場をとっていた。が、このハリウッド・ボウル・ライブは、アメリカでビートルズのレコードを出していたキャピタルが企画したもので、1964年と1965年のビートルズのハリウッドボウルでの公演の模様を収録したものだ。しかし、結局、その当時は発売されず、お蔵入りとなっていたのである。1970年代になり、ビートルズのライブを収録した海賊盤が横行し出したので、その対策として、ビートルズのレコードの販売元、英国EMIを重い腰を上げたようだ。

 印象としては、音は比較的良いものの、観客のすさまじい歓声がうるさい。「ビートルズ・レコーディングセッション」という本によれば、この録音は、ビートルズの演奏の収録よりも、観客のすさまじい歓声を主体としているのでは、と思わせるような内容であったとのこと。

 こうして、私が自分でお金を出して初めて購入したビートルズのアルバムは、この「ハリウッドボウル・ライブ」となった。中学1年生でそのようなアルバムをいきなり購入するとは、自分で言うのも何だが、マニアックであった。

 その後は、お小遣いを貯めては、少しずつカセットテープ版のアルバムを購入していった。これも余談だが、当時、ビートルズのレコード版のアルバムは2500円であったが、カセットテープ版は2300円であった。つまり、カセットテープ版の方がわずかに安い。この差はどこにあるのかということを考えたとき、当時、レコード版には歌詞とその日本語対訳が添付されていたが、カセットテープ版には英語の歌詞カードしか添付されていなかった。日本語対訳は添付されておらず、これが値段の差となっていたのかもしれない。ちなみに、レコードに添付されている日本語対訳は、すべてとは言わないが、あまり正確な訳ではないらしい

 その後は、ビートルズ入門編とも言える「1962-1966」(通称赤盤)、「1967-1970」(通称青盤)も購入した。これらを通して聞くと、音によるビートルズの時間的変化を感じることができる。

 ちなみに、中1の冬休みにハリウッドボウル・ライブを前述のいとこの女の子に聞かせたところ、このいとこもビートルズ影響を受けたらしく、その後、いとこもビートルズのアルバムを何枚か買い揃えた。それだけ、ビートルズの影響は大きいということであった。

 また、学校の同級生にも同じく聞かせたところ、この同級生も影響を受けたようである。この同級生は家が裕福であったので、すぐにたくさんのレコードを買い揃え、私はその同級生宅を訪れては、彼の持つレコードを録音させてもらったこともある。

 ところで、当時は、現在のように音楽関係の映像を流す映像メディアはあまりなく、たまにテレビで放送される程度であった。中1の9月頃だったと思う。たまたま、テレビ番組でビートルズ特集が流され、当然、私はこれを見た。動くビートルズを見たのはこれが初めてである。私はその1時間、テレビの前に釘付けになっていたことを覚えている。

 当時、ビートルズが解散してはや何年も過ぎていたので、リアルタイムに動くビートルズを見るのは不可能であった。また、当時は、前述のとおり、音楽関係の映像を流すメディアはほとんど無く、かつ、家庭用ビデオも普及していなかったので、当時は全国各地でビートルズのフィルムコンサートが開催されていた。

 そして、中1の終わりの3月末、私の地元でビートルズのフィルムコンサートが行われることとなり、私は前売り券を入手し、フィルムコンサートを見に行った。

 そのフィルムコンサートでは、丸1日、何時間もかけて、ビートルズのコンサートフィルム、映画のフィルムが映写された。このイベントは不手際が多く、開始は1時間ぐらい遅れ、放映中、フィルムが止まってしまったり、映画には日本語字幕が無いなど、運営としては非常にお粗末なものであった。しかし、私は動くビートルズを初めて何時間にもわたって目の当たりにしてすっかり感激し、このとき、自分もビートルズのようにバンド演奏してみたい、と強く決心したのである。

続きのストーリーはこちら!

バンドをやっていた時のこと、音楽遍歴、あれこれ・その3

著者のboilk powerさんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。