42歳で夫が急死 1歳と4歳の子供を残して… 彼が命をもって教えてくれたこと。

夫はが死んだのは30年4月24日らしい。

らしいと言うのは解剖の結果死亡推定時刻がその時間だったから。

30年4月24日0時。
私が発見したのは4月24日2時半。

私は週に2日程度子供たちを夫にみてもらい21時から26時までカラオケ店にアルバイトに行っている。
下の子が2ヶ月になった頃から働きだしもうすぐ2年になる。

その日もいつものようにアルバイトへ。
何も変わった様子はなかった。
夫は20時半頃下の子の寝かしつけのため2階へ上がった。
「あとよろしくね。」
「うん、わかった。」
いつもの会話。
20時35分頃、私が出掛ける直前に
「かほと遊んだおもちゃ片付けといてよ!」
とLINEをいれるとすぐに
「り」
と『了解』の略で返ってきた。
これが最後の会話になるなんて思ってもみなかった。
帰宅するとリビングの電気がついている。
いつもなら消しているはずだが、ソファで夫が寝てしまったりするとつけっぱなしのことがある。
リビングをみても誰もいない。
片付けてと言っておいたおもちゃがそのまま。
片付けてって言ったのにと少しイライラしながら階段へ。
階段の電気もついている。
いつもは消えてるはずなのに。
でも消し忘れ程度にしか思わなかった。
二階に上がるとトイレの電気がついていて扉が少し開いている。
うちの二階のトイレはドアノブが壊れていてよく開いているが、中を覗くと夫がいた。
便座に座ってタンク、タンクのうしろの棚にのけ反って寄りかかっているような状態。
ながらだったので顔も見ず、寝てるものだと思って起こそうと触れると…
冷たく、かたくなっていた。
死んでる!一瞬でわかった。
顔を見るといつものあの顔ではない。
目が完全にイっているし、口はポカーンと開いている。

なんで?どうして?

その瞬間から震えが止まらなかった。
気がつかない間に私が声をあげたのか、上の子が起きてきた。
「寒いよー」
と泣きながら私のところに。
「パパが死んじゃったよ。」
と言いながらトイレの扉を閉めた。
いつもなら21時頃に夫が下に降りて上の子をトイレへ行かせ寝るときだけオムツを履かせパジャマを着させ(それまではだいたい肌着で過ごしている)2階へ連れてくる。
それができていなかったらしくパンツで寝てお漏らしをしてしまい体もびちょびちょになっていた。4月24日は寒い日だったのもあり、子供もガタガタと震えていた。動転している私はどうしていいかわからず、とりあえず先に119番をし、自分の親、夫の親に連絡をして来てもらった。
そして子供を着替えさせ子供を抱き締めながら救急車を待った。
何度か救急隊から電話があった。どうやら迷っている様子。
上の子に言い聞かせて家で待たせ、私は外に出て救急車を待った。
冷たい雨が降っていた。

救急隊が来ると寝室で上の子も一緒に話をした。
私の母が来てからは母に子供たちをみてもらって和室で話をした。
「おわかりかと思いますが瞳孔も開いていますし、死後硬直も始まってます。死斑も出てます。心電図を取りましたが亡くなってます。病院に連れていくことはできないのでこのまま警察に引き継いでよろしいでしょうか?」
そうだ、亡くなってるのになんで救急車を呼んでしまったんだろうとハッとした。
「こちらこそ、すみませんでした。よろしくお願いいたします。」
救急隊は帰っていった。

その間に夫の上司に電話をした。
寝ているかもしらないが、とにかく早く伝えなければと夫の会社の携帯を手に取りコールした。
3時とか4時とかだと思う。
何コールか鳴らしたところで
「もしもし…。」
出た!
「妻ですが、夫が先程亡くなりました。」
「…?どういうことですか?」
そりゃそうだ。
夕方まで一緒に働いていた人間が急に死んだだなんて言われても意味がわからないだろう。
遺体を目前にした私でさえ意味がわからなかったのだから無理もない。
夜バイトに行って帰ってきたら亡くなっていたと経緯を話す。
「死因は…?」
「まだこれからです。」
「何かわかったら教えてください。」
「わかりました。」
電話を切った。

警察が来た。
警察は来たけれど義父が来ない。
義父、道が空いていれば20分位で着くはずなのになかなか来ない。
気が動転して事故していませんように。
警察が来てしばらくしてからお義父さんが来た。
夫の父親なので一緒に話を聞いてもらった方がいいとのことで、一緒に和室で警察の人と話をした。
「ご自宅で亡くなっているので、事件性がないか、事故か調べなければいけないので署でお預かりしますね。」
とのこと。
たくさんきた警察の人はテレビドラマでやっているように手を合わせたあと写真を撮っていた。
上の子は私の母と寝室で待っていたが起きた下の子はワンワン泣いていた。
そしてものものしい空気に1階にいる犬まで吠え出していた。

「見た感じ外傷もないので事件性はないと思いますが、若くて前触れもなく亡くなられているので解剖をした方がいいかもしれません。」
と言われた。
私自身、
なんで?どうして?
がとても強かったので解剖をお願いすることにした。
夫の遺体を運び終わった警察の人が来た。
寒い日にも関わらず大汗をかいている。
180センチ、75キロの夫、ましてや死後硬直しているし、亡くなっていることで脱力しているのでさらに重みも増す。
2階から1階に運ぶのもことであろう。
「今後の流れですが、葬儀やさんは決まっていますか?お知り合いや頼むところは決まっていますか?」
正直こんなに早く夫がなくなるなんて思ってもいないので決まっているはずもない。
「紹介とは違うけれど警察に出入している業者をお教えしましょうか?」
と言われたのでお願いすることにした。
「ではこちらから連絡先をお伝えしておくので後で電話がいくと思います。」
とのこと。
「また検死が終わったら連絡します。」
と警察の人は帰っていった。

私の母と義父、結婚式以来6年ぶりの再会。
まさかこんな形で会うことになるなんて。
しばらくしてから母と義父は帰っていった。
すっかり目が覚めた二人の子供を寝かしつけていると知らない番号からの電話。
出てみると警察。
「旦那さん、お腹が出てるのは肝臓とかの病気とかありました?」
「お煙草吸ってました?」
など、何度かかかってきた。
それに加え、葬儀屋さんからも電話がきた。
お通夜、告別式の日取りや入るお墓の話。
宗派など…。
そんなの知らねぇよ。
正直そう思ったが突っぱねるわけにもいかず…。
夫の母が他界していてお墓にいるので、お寺や宗派の話しを聞かなければならないので葬儀屋さん含め会うことになった。

なんやかんや、子供たちを寝かしつけたものの自分自身は眠れない。
なんとなく子どもたちの寝顔を撮ったり…。

これからどうやって生きていけばいいのか?
どう生活していいのか?
お金は?
家は?車は?
子どもたちを大学までいかせられるだろうか?

何より…

私が家にいたら助かったんじゃないか?
もしも私がバイトに行かなかったら、救急車を呼んで蘇生できたのではないか?

そんな気持ちが沸いてきて苦しくなってしまった。

1時間程度眠れただろうか?
子供たちも起こし保育園の準備。
いつもなら夫はもう仕事に行っている時間。
夫は車出勤なのでいつもなら車はないはず…でも今日はある。
いつも出勤するとき、窓を開けて子供たちが
「バイバーイ。」
「行ってらっしゃい。」
と手を振るのに…
もうその光景は見ることができない。
保育園、いつもは車がないので歩きだが今日は車があるので車で行くことに。
とりあえず先生には話さなければ。
上の子の担任を見つけるなり泣きそうになる。
「旦那が死んじゃいました。」
「えっ?どういうことですか?」
経緯を話す。
涙が止まらない。
先生も涙ぐんでくる。
「保育園でできることは何でもするので言ってくださいね。ママも無理しないで下さい。」
そうおっしゃってくれた。
下の子の担任にも話した。
また号泣してしまう。
「子供たちに変化があったら教えてください。」
そう頼んで預けた。


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