Chierin誕生

後編: 根暗ネガティ部育っていく

1970年7月京都市内の米屋の末っ子としてchierin生まれました。

祖父、両親、兄二人、私の六人家族でした。

やんちゃな兄二人5歳と2歳半違いの後に生まれたので、

とても可愛がられてたと思います。(←そんな風に思った事ないですが)

父は米屋の跡継ぎです。山が好きで、少年野球の監督で、地域の役員等も引き受けて頼りがいあるリーダー的存在でした。私には厳しく優しい父です。

母は専業主婦です。米屋の昼ごはんの支度があるので働きに行けず、内職をして家計を助けてました。

両親は基本仲が良く、たまに言い合う事があってもお互い信頼しあっている夫婦です。


私が小さい頃は兄達の後をついて回ってたり、お爺ちゃんに近くのお寺に鳩にエサをやりに連れて行ってもらいました。兄はやんちゃだったのでもっぱら本願寺のお堀でザリガニ釣りや本願寺の中の入ってはいけない所でセミ取りしていました。

私は自然と負けず嫌いな性格になり兄に張り合っていました。
おやつでは大きいのが欲しいと喧嘩になり、張り合って何が何でも自分の物にしようとする我の強い女の子でした。きっと末っ子はそんな感じじゃないかな?

幼稚園では毎日元気な男の子達と鬼ごっこしたり、ダンゴムシ捕まえたりするのが好きでした。もちろん女の子ぽいお人形遊びや友達の家に遊びに行っておもちゃで遊ぶのも大好きでした。
いわゆる普通の家庭に普通に育ったちょっとやんちゃめな女の子でした。


幼稚園の頃の私は兄の影響や末子と言う事で、天真爛漫に過ごしていた半面

どこか神経質でチックと言う目を必要以上にパチクリさせる神経症でした。

なんとなくいつも不安に思っていたんです。


それは、母の精神状態が不安定だったからなんだと今ならそう思えます。

実家は本家で母は本家長男に嫁いだので大変苦労していたようです。

私の祖父母がいました。

祖母は早くに亡くなったのですが、祖父は元気に毎日パチンコに出かけていました。

私からみたらとても穏やかなひょろっとしたお爺ちゃんです。

そんな祖父にイライラしているのを私は良く見かけましたが、

母は祖父の何にイライラしているのかはよく分からないですが、嫁と言う事もあって

お互い色んな事が目につくのでしょう。

幼い私は祖父の事で夫(私の父)に泣いていたのも陰ながら見ました。


子供は親がどんなに普通の振りをしていても、精神状態を瞬時に察知して自分に取り込んでしまうもの。 子供はお母さんを喜ばせたくてこの世に生まれてきているので、

お母さんが我慢や悲しんでいる雰囲気にはとても敏感です。

自分が悪いんだと自己否定になり、自分がお母さんを喜ばせられなかった罪悪感をそこで生み出してしまう。

そして、その罪悪感や自己否定を大人になっても持ち続けてしまう人がほとんどです。

幼い頃にしつけと言えど母さんに怒られたり、殴られたり、否定される事がどれほど子供の傷を作っているのか計り知れないものがあります。

私は母の様子を見てとても不安に感じていたのでした。

母にいつも幸せでいてほしいと思う反面、自分にはどうにも出来ない罪悪感や自己否定を持ってしまいました。 母の感情の移り変わりは子供には何の関係もないのに・・・。


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根暗ネガティ部育っていく

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