第1話 お空からの切符【旅歴4年、世界2周半。小児科ナースが天国に行った子ども達からもらった人生の宝物!】

次話: 第2話 始まりの合図。ペルー・ボリビア・エクアドル【旅歴4年、世界2周半。天国に行った子ども達がくれた人生の宝物*】

プロローグ

今からここに書くことは
小児科病棟で看護師をしていた私が
天国に行った子ども達と一緒に
世界中で思いっきり生きたことで
『本当に大切なこと』
に気づいていったお話です。

私が病棟や世界中で受け取った
子ども達からの
たくさんの人たちの
笑顔に繋がりますように。

世界に届け!!
いのちのヒカリ^^*

 私は以前、大学病院の小児科病棟で看護師をしていました。そこにはいろいろな病気の治療を受けに来る、0歳から18歳までの子ども達がいました。看護師としての関わりの中で、その一人一人から 生きるってどんなことなのか、命をかけて教えてもらいました。




病気で苦しい時も、元気になって退院していく時も、残された時間がわずかでも、今この瞬間を思いっきり生きる子ども達。




そして、お空に行った子ども達の、最期の一呼吸まで自分のいのちを生き抜いて行った姿は、すごくすごく、輝いていました。いのちが、輝いていた

“生きる“じゃなくて”生き抜く“




いのちの重み、愛おしさ、儚さ。
どんな子ども達もみーんな、”いのちの輝き”を知っていました。


天国に行った子ども達と一緒に生きているつもりで生きたら、何がしたい?


子ども達の命と向き合い続け悲しみで心がいっぱいになった時、ふと自分自身へ問いかけた、たった一つの質問が、私の人生を大きく変えました。


ものすごい葛藤も絶望も越えて、思いっきり生きる決意をして始めた世界中での大冒険の旅。各国々を旅する中で気づかされていった本当に大切なことたちは不思議と、私をどんどん私らしく、そして、見える世界をどんどん自由に、色鮮やかにしてくれました。
それは温かくて幸せで美しい、生きていることもいつか死ぬことも、幸せだと思える世界。そして、自分の人生を、大好きだと思える世界!
奇跡なんて存在しないと思うほどの厳しい現実や、どんなに泣いても止まらなかった涙は、時間をかけてたくさんの奇跡と優しい希望のに変わっていきました。
地球は全力でオモシロくて、人は弱くて強くてずるくて優しくて不器用で温かくて、愛で溢れていました*



社会の中で生きることの厳しさや
たくさんの悲しみを知り
泣いてばかりいたあの頃の
自分自身にも届けたい。
一つ一つの命の美しさを。
生きることの素晴らしさを。


すべての全てに、感謝を込めて。


いのちって、何だろう?”
生きるって、どういうことだろう?”



みんなの人生が、
色鮮やかに輝きますように。


世界を照らす、ひかりになぁれ^O^!!!



世界を旅した、小児科ナースの物語*
はじまりはじまり〜〜〜


第1話 子ども達との出逢い

【小児科病棟での出逢い】

「たいらさーん!バキュンバキュンとりゃーっ!!」

急に廊下に現れて戦いを挑んでくる子や、ミルクを飲みながら小さな手で私の指を握りしめてくれる赤ちゃん。一緒にたくさん笑い合って、たまに喧嘩もして(笑)


「DSのソフト、とって~!」「ゴーカイジャーの人形が落ちちゃったから拾って!」「カードがどっかいっちゃったの」「眠れなーい!」「おしっこが漏れる!」「おしっこが漏れた!」「DVDが終わった!」等々、可愛い可愛いナースコールが毎日たくさんあった。

時には甘えん坊の赤ちゃんを背中に背負い、ベビーカーや点滴棒を引っ張りながらお仕事をした。いつもたくさんの子ども達に囲まれて、終わらない障害物競走でもしているかのように、朝も昼も夜もクリスマスも正月もGWも、大好きな子ども達の命を見つめて汗だくで病棟を駆け回った。

朝、挨拶に行くと、ひとりで窓の外に向かって「アンパンマンに、へーんちん(変身)!」って右手を上げてアンパンマンに変身している2歳の女の子や、寝起きの目をこすりながら「三角のおにぎりと、丸いおにぎりと、四角いおにぎりと、どれが好き?」って唐突な質問をしてくれる3歳の男の子。

病気や治療で苦しい時を乗り越えてまた笑ってくれたり、体が楽になってぐっすりと眠ってる姿を見たり、子ども達との一つ一つの関わりがとっても愛おしかった。
薬や浣腸セットや点滴セットや処置道具を持っていくと「あっちいけー!くっそやろー!大嫌いだぁぁあ!」なんて言われる事もしょっちゅうだったけど、子ども達は何だかんだみんな可愛くて、元気をもらっていたのはいつも私の方だった。
病気や障がいと共に生きている子ども達も、健康な子ども達と、本当は何一つ変わらない。みんなみんな、いっぱい遊んで、いっぱい愛されて、大好きな人たちと一緒にいっぱいいっぱい笑い合って、触れ合って、幸せに生きたいんだ。それをどんな形でするかが、みんな違った。

“今”を怖がらずに思いっきり生きる、そんなたくさんの子ども達との出逢いが、今でも私の原動力。
この世界をどれだけ大好きになって生きるか。
このいのちを、どれだけ輝かせて生きるか。


本当に大切なことは、シンプルだった。


【NICU・GCU病棟での出逢い】

NICU・GCU病棟には、早く生まれてきた赤ちゃんや、地球環境にまだ不慣れな赤ちゃんや、何らかの障がいや病気を持って生まれてきた赤ちゃんたちが入院している。
初めての抱っこ
初めてのお風呂
初めての授乳
初めての瞬間が、すごく輝いている。
初めての瞬間にママ達が流す涙は、とっても美しい。
不安や希望、喜びや悲しみ、家族のいろんな感情が行き交う場。
本当は愛したくて、でも受け止められなくて、
たくさんの葛藤を抱えている家族もいる。
でも「(誕生)おめでとうございます!」って、まずは温かい笑顔で赤ちゃんとご家族を迎え入れる。
「地球へようこそ~♡」って産まれたばかりの赤ちゃんにこっそり話しかけてみたら、パッチリとお目目をあけてこっちを見てくれた。
赤ちゃんの涙、ママの涙、パパの涙
温かい涙、嬉しい涙、不安の涙、絶望の涙
どの涙の奥にも、大切なたからものがちゃんとある。
生まれたばかりの赤ちゃんたちは、すごく可愛い♡ママやパパがいない時も、ひとりでいても、穏やかに幸せそうによく微笑む。まるで私たち大人よりも、ずっとたくましくて、ずっと幸せを知っているかのように。
たとえ少しの時間しか生きられなかったとしても、生まれてくることさえできなかったとしても、きっとそれすらもちゃんと知った上で、“幸せ”のプレゼントを両手いっぱいにもって、ママのお腹に来てくれるんだ。

小さな小さな赤ちゃんと、そのご家族の原点となる病棟は、悲しみも喜びも越えて、たくさんの優しい“いのちの輝き“で溢れていた。


お空に行った子ども達へ

 自分の命を思いっきり生き抜いて、ママに抱っこされながらゆっくりと亡くなる子もいるし、急な急変であっという間に亡くなる子もいた。いつも聴こえていた明るい音楽が、遺された家族の泣き叫ぶ声に変わることもあった。
泣いて、笑って、遊んで、勉強して
喋って、踊って、食べて、呼吸をして
いつも夢を描いて、希望を持って生きて
愛して、愛されて、喜んで、
生きて、生きて、生き抜いて
もう二度と動くことがなくなった小さな身体を
冷たくなった身体を
そっと抱きしめさせてもらったとき
私は、心に誓った。
“この体が温かかったことを、
 この体の冷たさを、
 命の重みを、儚さを、絶対に忘れない。”
一緒に笑い合ったあの日々も
愛で溢れていたあの日々も
幸せそうにパパやママと過ごしていたあの日々も
甘えてくれたあの時も
辛さに耐えて頑張っていたあの時も
そっと泣いていたあの時も
一生懸命呼吸をしていたあの時も

私はずっと、覚えているよ*


【Aちゃんへ】
私が仕事中に困っていた時、私を見ながらニコニコーーって満面の笑みで元気をくれた、可愛い3歳の女の子Aちゃん。お兄ちゃんのしまじろうのDVDを見ながら「Aちゃんも1年生になれるかなあ、1年生になりたいなあ」って話してくれたね。元気に退院して、お家で大好きなママやパパやお兄ちゃんとたくさん笑ってちょっと大きくなったAちゃん。そんなAちゃんの身体を、病魔は少しずつ蝕んでいたんだね。Aちゃんの生きた日々の中で、一緒にいっぱい遊べたことが、今でも嬉しくてたまりません。本当にありがとう。可愛いAちゃんの笑顔は、今もこれからもずーっと、私に元気を与え続けてくれています。今頃天国で、1年生になれているといいな。
【Hちゃん】
朝、挨拶に行くと、四角いチーズをかじっていた5歳のHちゃん。それ、なんの形~?って聞くと、「パンツー!!」って。いつも楽しい笑いをありがとう。熱が出ていても、震えながらベッドの上で楽しそうにおかし作りをしていたね。Hちゃんの名言「この輪ゴム、ママにそっくり!!」は忘れないよ。将来は「髪屋さん!!(美容師)」って言っていたね。天国でも、Hちゃんらしく元気に遊んでいるのかな。Hちゃんと過ごせた日々は、宝物です。Hちゃん、大好きだよ。
【Mちゃん】
私が一番最初に天国にお見送りした、Mちゃん。7歳なのにしっかりしていて、わたしが看護師1年目だった頃、輸液ポンプの使い方まで教えてくれたね(笑)。毎日Mちゃんの担当になるのが楽しみでした。またねって退院の時に見送って、元気に帰って行ったのに、戻ってきた時にはすごく具合が悪そうで、それっきり会えなくなってしまったね。目の前の日々も、目の前の景色も、またねって言ってまた元気に会えることも、当たり前なんかじゃないんだよって、教えてくれたんだね。Mちゃんといろんなお話ができて、すごく楽しかった。ありがとう。
【Dちゃん】
Dちゃん。今日は私が担当だよ、よろしくねって言ったら、「やったあ、たいらさんが担当で嬉しい~~!」って喜んでくれたね。私もすっごく嬉しかった。夜勤の時は「寂しいから一緒に寝て。」って言ってくれたDちゃんに添い寝をさせてもらって、いろんなことを話したね。「たいらさんは寝ちゃダメだからね!」って、しっかり私を起こしていてくれたり、将来の夢は「ゴーカイジャーになること!」って話してくれたりしていた可愛いDちゃん。本当に、大好き!幸せな時間をありがとう。
【Tくん】
いたずらっこだけど根はとっても優しいTくん。何度もした手術も、たくましく乗り越えていったね。長引く入院生活の中では、大変なこともたくさんあっただろうけど、Tくんとお話ししたり、たまに喧嘩をしたり、一緒に遊んだりできて、毎日の関わりが嬉しかったよ。きっと、たくさんの寂しい気持ちもあったよね。そんなどうしようもない気持ちを、素直に私たち看護師にぶつけてくれることも、嬉しかった。いっぱいいっぱい、頑張ったね。折り紙がとっても上手なTくん、私に折ってくれたカニさんは、今でも大事にとってあるよ。最期まで「ありがと、ありがと・・」って、生き抜いていった姿は、とってもとってもカッコよかったよ。
【Mちゃん】
小さな体でいっぱいミルクを飲んで、話しかけると可愛い笑顔を見せてくれた、Mちゃん。いつもと様子が違ったあの朝、急変していくMちゃんを助けることができなくてごめんなさい。どんなに医療を尽くしても尽くしきれない、救いたくても救えない、時間を巻き戻したくてもできない、そんな現状に、Mちゃんが亡くなった後、私はただただ、冷たくなったMちゃんの体を抱かせてもらうことしかできませんでした。Mちゃんの体を抱かせてもらった時、私はMちゃんから大切なことを教えてもらいました。『“死”という悲しみと絶望』それは今の私に、大きな大きな光をくれています。大好きなママやパパにたくさん愛されて、幸せそうに生きていたMちゃん、天国でもどうか幸せでありますように。
【Sくん】
「僕、たいらさんのこと好きだよ」Sくんの担当になったある朝、何気なく言ってくれた言葉、すっごく嬉しかった。一緒に喋ったり笑ったり、毎日Sくんに会えるのが楽しみでした。長い治療も頑張って、辛くても痛くても耐えて、治療の合間に楽しそうに外泊に行くSくんは本当に逞しかった。約2年半、治療のためにほとんどを病院で過ごしたSくん。でも「僕、ここでの生活が楽しいし、外で他の子みたいに遊べなくても、ここにいられて十分幸せだよ。」って話してくれたSくん。Sくんは私に、悲しみよりも大きな幸せをたくさん教えてくれました。本当に本当に、ありがとう。「心からの看護に感謝しています。ありがとう。」Sくんのママからの最後の言葉は、今でも私の心を優しく包み込んでくれています。
【Nくん】
中学生のNくん、長い長い治療、本当に頑張っていたね。病棟ではみんなのお兄ちゃん的存在で、小さい子達ともよく遊んでくれていたね。みんなNくんのことが大好きだったよ。最期は、心拍数が徐々に減っていって、呼吸もゆっくりになっていって、命の終わる瞬間を、命をかけて教えてくれた。泣き叫ぶお母さんの手をそっと握りしめていたTくん。最期までお母さんを優しく見つめながら、ゆっくりと息を引き取ったNくん。強くて優しくて、たくましくて。自分の命をしっかりと生き抜いていったNくんは、今でも私の心の中で生き続けています。
【Kくん】
たくさんの手術や治療を頑張ったKくん。パパや妹さんやおじいちゃんおばあちゃんに見守られて、ママに抱っこされながら天国に行ったね。Kくんには、生きる力の凄さを教えてもらいました。生きる力は、無限大。医療の届かないところで、Kくんの生きようとする力がこんなにも強いことに、驚きました。幸せも生きる力も、決して余命になんて左右されない。Kくんは、命をかけて私に教えてくれたね。Kくんとお話ししたり、遊んだりできた日々を、ずっとずっと忘れないよ。
【Tくん】
ツンデレでやんちゃで、寂しい気持ちや治療のストレスを私たち看護師にもたくさん教えてくれたね。ママのしじみのお味噌汁が大好きで、口では「あっち行け!」なんて言ってても、本当はみんなのことが大好きで優しいTくん。普段は口が悪くても、心からサンタクロースを信じているTくんが、愛おしくて可愛かったです。クリスマスの日にはサンタさんからのプレゼントを一緒に開けられて楽しかったよ。クリスマスが来るたびに、Tくんとの楽しい時間を思い出します。Tくんはきっと天国から、大好きな家族を今でも見守ってくれているのかな。天国にいるTくんのところにも、今年もまたサンタクロースが来ますように!
【Mちゃん】
「将来はお医者さんになるの!!病気の子ども達をいっぱい救ってあげるんだから。」自信満々に語ってくれたMちゃんの夢。入院中も毎日毎日勉強をしていたね。いつも元気いっぱいのMちゃんには圧倒されることもあったけど(笑)、毎日Mちゃんに会えるのが楽しみだったよ。励まされていたのはいつもいつも私の方でした。元気に退院して行ったのに、ある日突然救急車で運ばれてきたMちゃんは、変わり果てた姿で眠っていた。目を開けたくて、また元気にお話もしたくて、勉強もしたくて、何日も何日も一生懸命に頑張って闘っていたね。最期まで、全力で生き抜いて行ったMちゃんの、元氣も夢も希望も大切にして、私が一緒に生きていくからね。
【Nちゃん】
丸顔の可愛いNちゃん。心の葛藤も色々抱えていたのかな、ちょっと悩んでいる日もあったり、元気いっぱいの日もあったり。毎日少しずついろんなことを話してくれたね。「平さーん」って何度も読んでくれて嬉しかった。辛い治療も苦しい副作用も乗り越えて退院して行ったNちゃん。再発してからは、違う病院に転院になったね。病院は違っても、いつも、Nちゃんの病気が良くなりますように、Nちゃんが笑って入られますようにって、祈っていたよ。Nちゃんの笑顔はとっても可愛いから。天国でも、たくさん笑ってね。
【Tくん】
ずっと寝たきりのTくんの髪の毛を洗っていたら、表情がすごく穏やかになったね。ママもそんなTくんの表情を見て、喜んでいた。ママやパパからの深い愛情の中でTくんは幸せそうに生きていた。幸せの形は、本当に人それぞれあって、そして、どんな瞬間にも、ちゃんと幸せはあるんだよって、教えてもらいました。お母さんやお父さん、大好きな人たちと一緒に過ごす『時間』そのものが、幸せなんだって。
【Kちゃん】
小さな体で手術も治療もいつも頑張っていたKちゃん。優しいママとパパに抱っこされて、いつも幸せそうでした。そんなKちゃんの幸せそうなお顔を見ていたら、私までほっこり笑顔になっちゃうくらい、いつも元気をもらっていたよ。たとえ病気があっても、幸せは変わらない。幸せは、何にも左右されないんだよ!って、教えてくれてありがとう。ママの抱っこでゆっくりとお空に行ったKちゃん。Kちゃんとママとパパと、出逢えた喜びはこれからもずっと私の中にあるよ。
【Kくん】
毎日、ママやパパやおじいちゃんやおばあちゃんに囲まれて、やんちゃにもきゃっきゃ笑っていたKくん。家族みんな優しくて、毎日Kくんやご家族のみんなに会えるのが楽しみでした。Kくんは、みんなの優しさをいつもいっぱい引き出してくれて、Kくんがいるだけでそこは人の心の温かさでいっぱいになっていたね!優しいご家族に囲まれて、ママの抱っこでお空に行ったKくん。その数ヶ月後、Kくんのパパとママがまた小児科病棟に来てくれたんだよ。Kくんの可愛い写真をいっぱい持って!涙が出るほど嬉しかったよ!これからもずっとみんなの心の中で生き続けてね。
【Yくん】
Yくん、長い長い治療、お疲れ様でした。辛い時もあまり弱音を吐かずに、本当に頑張っていたね。元気な時は年下の子ども達ともいっぱい遊んでくれて、ありがとう!ナースステーションで踊っていたり、美人な看護師さんに喜んでいたり、Yくんの明るさにはいっぱい笑わせてもらったよ!全力で看護師のお仕事を頑張っても全然力が及ばなくて、命を守れなくて、ごめんなさい。私はこれからもYくんの命を背負って、生きていくね。
【Sちゃん】
Sちゃんは、何を想って生きていたのかな。自分では体を動かすことも、しゃべることも、呼吸をすることもできなかったけど、Sちゃんは、ママやパパから愛されていることは確かだった。本の読み聞かせや音楽の授業は、聞こえていたのかな?ママの声やパパの声、私たち医療者の声は、届いていたのかな?Sちゃんが自由に話すことができたら、何を言ったんだろう。Sちゃんが笑うことができたら、どんな笑顔で笑ったんだろう。どんな夢を持っていて、どんな人になっていたんだろう?たとえ健康な人みたいに自由に生きられなくても、それでも生きて、私と出逢ってくれたSちゃん。愛されて生きていたSちゃんがこの世界で生きた日々が、幸せだったことを心から祈っています。今私が生きている中の、たくさんの奇跡を教えてくれて、ありがとう。
【Tちゃん】
可愛いお菓子のお家を作ってプレゼントしてくれて、ありがとう!優しいママとパパと一緒に、一生懸命治療を頑張っていたね。それでもどうにもならなくて、でも、もっともっと元気に生きていたくて、やりたいことも夢もいっぱいあって、だから頑張って生きて、ディズニーランドに行く夢が叶った後、どんな治療の後よりも元気になって、そこからTちゃんの生命力がどんどん強く増していった姿は本当に凄かった。本当の意味で人の命を支えるのは、生きたいと思う意志なんだね。薬や治療じゃない、一緒に生きていきたい誰かの存在や絆があって、叶えたい夢があって、初めてそこに生きる希望や喜びが生まれる。それが一番の特効薬になるんだよって、きらっきら輝いていたTちゃんの命が教えてくれたこと、これからもずっとずっと大切にしていくね!







そして、その他大勢の天国に行ったいのち達!
私はみんなと、一緒に生きる!
心から笑ってこの命を生きる!


”今ここで生きていられることは、
大きな大きな奇跡なんだねっ!”


絶望しか見えないときも、
奇跡なんて存在しないと思う時もあった。


いのちの重さに耐えられなくなりそうな時もあった。人の不安や悲しみと向き合うことの難しさを実感することも多くあった。悲しみで心がいっぱいになって、笑うこともできなくなった時もあった。


救えなかった命に、何もできなかった命に、もっと何かできたかもしれない命に、どうしたらいいかわからなかった命に、自分を責めることも仕事をするのが怖くなることもたくさんあった。


人間関係も厳しくて、残業も数えきれないくらいたくさんあった。努力して努力して努力して、そういうのも全部こえていっぱいいっぱい泣きながら、前を向いて向き合ってそれでもくじけそうになることもたくさんあった。


でも・・・


その中で見つめた命の輝きは、ホンモノだった。
子ども達から命をかけて教えてもらったことを、
私も全力で大切にして生きてみたいと思った!


そうやって生きることを決めたなら進むべく道はただ1つ。心が素直に進みたいと願う道。その時の私の道は、「めっちゃめちゃ楽しいことをして生きていく道!!」だった。たくさんの命が、私にその道を進む決意をさせてくれたんだ。「宝物はこっちだよ!!」って。思いっきり生きる決意をしたら目の前に現れたのが世界一周っていうワクワク。


怖かったけど、不安だったけど、怖さに負けていたら、思いっきり生きることなんてできない!
みんなが見たくても見られなかった景色を、生きたくても生きられなかった世界を、教えてくれている宝物を、全力で見て、感じて、冒険して遊ぶんだ!最初の国は、何故だかピンときたペルー!!!!(ペルーがどこにあるのかも知らなかったけど!!!笑)


航空券は、片道分だけ握りしめて。


「よし、みんな、ついてこーい!!!」って旅立ちを決めたんだ。




『みんなの分まで
 思いっきり生きるからね!
 思いっきり遊ぶからね!
 一緒に生きていこう!

 あなたが見られなかった景色を、
 出逢えなかった人たちを、
 生きられなかった日々を、
 私が全力で生きるから、
 !!!
 
 そして、みんながいのちをかけて
 教えてくれたそのいのちの輝きの、
 宝物の正体を、!!!』




そんな想いで、旅だったのでした。



(☆小児科病棟では、決して亡くなる子ばかりではありません!!大勢の子ども達が、毎日元気に退院しています!!だからこれを読んでも、あなたやあなたの大切な人たちも、亡くなってしまうのではないかなんて絶対に思い詰めないでください。)

→続きは第2話、世界旅でのお話^^♪



続きのストーリーはこちら!

第2話 始まりの合図。ペルー・ボリビア・エクアドル【旅歴4年、世界2周半。天国に行った子ども達がくれた人生の宝物*】

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