家族で旅するコミュニティ 「ワールドスクーリング」を立ち上げる理由
自分が理想とするママや妻や先生でありたいと、
自分で勝手にハードルあげて、
言い換えると、目標を高く持って、
自分で自分を追い込んでいた。
あくせくして、自分の大好きなこと、忘れていたな。
20代の頃は、女一人、バックパッカーでヨーロッパ回ったり、
タイのNGO団体で何でもできることお手伝いさせてもらいながら、現地の人と共同生活したり、
新聞社の企画でアメリカ大陸を歩いて横断したり、
それがご縁となり、日本全国をウォーキングリポーターとして回ったり、
オーストラリアに住むようになってからも、オーストラリアを旅して記事書いたり、
とにかく、飛び回るのが、新しい体験をするのが、大好きな私だった。
でも、よくよく思い返してみると、
ただ旅するだけじゃ物足りないと感じていたのも事実。
20代でバックパッカーとして、アジアからヨーロッパ、
その後はアメリカやメキシコ、グアテマラなど旅する中で、
ただ単に、国を移動して、観光地を訪れるタイプの旅行は、
今の日本人ならだれでもできるし、それだけでは私には確実になにかが足りなかった。
このまま旅を続けても、ただ国を移動するだけになってしまう。
タイで見た、腕も足もない当時20歳くらいの同じ年位の女の子。
その子の隣には、険しい顔をしたおじさんが立っていて、
道行く人にあの女の子の為に寄付をしろと言いまわっていた。
彼女の前には小銭を入れてもらう箱が置かれていた。
一瞬、彼女と目が合った。
目が合って、彼女は視線を下した。
当時、聞いたことがあった。
子どもをさらった人が、
子どもを見世物にするために、子どもの手や足をわざと切り取る。
そんなことを思い出し、20歳の私は泣いた。
なんにもできない自分の無力さと自分勝手な大人に苛立った。
ただ国を回る、観光地を回るだけでは、もう満足できない。
せっかくの機会、旅を通して、社会に貢献したい。
私にしかできない旅の在り方で旅を続けたい。
そう思ってバックパッカーを辞め、日本に帰国した時に、
新聞社がアメリカ大陸を歩いて横断し、
その様子や出会った人を記事にする隊員を募集していた。
旅、プラス社会に貢献できる何かを求めていた私は、
旅、プラス取材して記事にするという仕事はあまりに魅力的で、もちろん、即決、応募。
そして、幸運にも2600名の応募者から、合格した13名の一人に選ばれ、渡米。
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