「大好きと言ってくれない妻」を幸せにするために、滅私奉公夫がした3つのこと
結婚して5年、
まだ妻から「大好き」という言葉を聞いたことがない。
そんな私の目標は、妻に「大好き」と言わせることだった。
でも今ではそこにこだわりはない。
もっと大切なことに気づいたから。
私は大の子ども好きだ。
とくにゲラゲラ笑う子どもが好きなので、
つい笑かすことに必死になってしまう。
子どもも楽しいから、私が帰ってくるなり寄ってきてくれる。
私も子どもを無視なんてできないので、ついつい遊んじゃう。
すると、妻がキレる。
そりゃ妻からすれば、
一日子どもの面倒を見るだけでも大変なのに加えて、
食事、洗濯、掃除、買い物……もうヘトヘト。
そんな苦労をねぎらいもせずに、旦那は帰ってからも子どもと遊ぶだけかってね。
しかも、たちの悪いことに、
子どものテンションを上げすぎて、寝つきを悪くしちゃうんだから、
妻にしてみれば怒って当然。
そんな妻のストレスは、一日中そばにいる子どもに向いてしまう。
「子どもには怒りにまかせて叱っても伝わらないよ」
そう教えてくれた妻が、子どもに全力でキレる。
ひどい時にはカギを開ける前から聞こえてくるもんだから、
玄関のドアが何かの試練かってくらい重たく感じたのを思い出すね。
当時2歳ごろの息子はひどい癇癪持ち、かつ折れない性格だったので、
負けじとギャーギャーやり合ったあげく、癇癪で2時間以上のけぞって泣き叫んでいた。
ほんと、家族大好き人間には辛い日々だったよ。
日によっては通報されるんじゃないかってハラハラしたもんだ。
そんな怒声と泣声の生活が2年ほど続き、私の体脂肪率もとうとう10%を切った。
(元々やせ型ですが)
私がどうなるかというより、
私に万一があったあとの家族は、本当に「家族」として成り立つのか……
そんなことを夜な夜な悩むようになった。
そんなとき、ふとこんな記事に出会って考えこんだ。
”あるセミナーに出ていた夫婦と少年の3人家族がいました。
ある日、父親が強盗にあい亡くなってしまいました。
さぞや落ち込んでいるだろう、と子どもに声をかけると、
子どもはこう言ったそうです。
「とても悲しかったけれど、もう今では幸せです。
父は私のこころの中にいると強く感じるから」”
(正確ではないですが、だいたいこんな話でした。)
最初は、「父が殺されて幸せって変だろ」って思ったけど、
同時に改めて考えてしまった。
もし今、わたしが死んでしまったとして、
この家族のように妻と子どもは「幸せ」に暮らせるんだろうか。
精神的にも体力的にも疲れきった妻……
気に入らないことがあると2時間ものけぞって癇癪を起こす息子……
妻と息子の2人暮らしなんて不安しかない、
というか、おちおち死んでられない!
その当時、
私は妻の負担を減らすためにできる限り家事を手伝い、
息子を喜ばせるためにしんどい日でもおどけてきた。
友だちの誘いも断り、休みの日だって子守りをしてた。
平日は帰ってから、息子や妻の食器を洗いながらキッチンで夕食を済ませ、
風呂や洗濯も含めて帰宅から1時間半でこなし、
子どもを寝かしつけるために絵本を読んだ。
夜泣きで起きると妻が荒れるので、夜中に車に乗せて寝かしつけた。
朝だって、妻と息子の朝食や自分の弁当を作りながらキッチンで朝食をとり、
癇癪を起こしやすい寝起きの息子をなだめてから出勤した。
私のなかで最大限、本気で滅私奉公してきたのだ。
3年間こんなに我慢して、
こんなに家族のために尽くして、
なんで家族の未来に不安しか感じないんだ!
ふと、残された家族が幸せな、あの亡くなった父親がうらやましくなった。
まぁ今思えば、自分が死ぬ前提で家族のことばかり考えていた私も、
そうとう参っていたんだと思う。
でも、頑張っても良くならないって本当につらいよね。
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