30歳を目前にして、自分が天涯孤独であることを受け入れる話

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低血圧で朝に弱い私は、視線を落としながら、ぼんやりと耳を傾けた。
刹那。

「今回のテーマは、家族について」

ただでさえ貧血気味な時間帯で、私の顔から血の気が引くのがわかった。

言えない。
咄嗟に思ったことに、私は心の中で首を振る。
じゃあまた嘘でかためるのか。
両親は共働きで、夜も遅ければ、朝は早すぎるために顔を合わせることがほとんどない。
そんな嘘を10年経った今もまだ吐こうとするのか。

いやだ、でも、じゃあなにを、子供の頃?、だめだ思い入れがない、ネグレクトの、それこそだめだ、じゃあなにを話せって、本当のこと、それを話して、いやだ話せない、でもじゃあなにを、なにを話せば――

「それじゃあ、よーいはじめ!」

二人一組となってのディスカッション。
隣り合った相手がこちらを振り向く気配がした。
私も例に倣って相手と向き合う。
隣の席の、年上の女性だった。
向き合った瞬間思ったのは、3分間、相手に話させればいいということだった。
私は一切しゃべることなく、時間切れを狙おう。
幸い、相手は子持ちで、娘さんネタなら話も弾むに違いない。
それなら話すことないし、この場を乗り切れる。

そう思った私に、けれど彼女は手のひらを向けてくる。

「そっちからでいいよ」

100%のやさしさが、私の心を抉った。
咄嗟に、数秒悩んだふりをした。

「えー、あんまり話すことってないんですけど」

それでも時間稼ぎにはならない。
頭の中は相手の人柄を見極めるためにフル回転だ。
言いふらすような人間ではない。
馬鹿にするような性格ではない。
ましてや同情されるような関係性でもない。
あくまでも対等を大事に仕事をする人だ。
人間性は信頼している。
だったら、でも、じゃあどうする、だったらいっそ――

「天涯孤独なんです」

その言葉は、思ったよりもずっと素直に口の外へ出ていた。
向き合った彼女は一瞬、驚いたように目を開いたが、すぐにまばたきをしてから、陽気な声を出した。

「うっそ。えーじゃあ何人兄弟?」

思わずがっくりと首を落としそうだった私のことなど、知りもしないのだろう。
彼女は天涯孤独の意味をどう認識したのか、あろうことか、家族構成について聞いてきたのだ。
これには私も流されたほうがいいのかと思わざるを得ない。

「……三人です」

嘘は言っていない。
私は自分自身に向けて弁解した。

「二番目?末っ子?」
「一番上ですね」
「あ~ぽい!」
「はは、そっちはどうなんです?」
「私はひとりっこで~」

彼女はどこまでも陽気だった。
ディスカッションの時間は3分間。
その間、私は当初の目的通り、彼女のおてんばな娘たちの話を聞き、適度に相槌やリアクションを挟むことに徹した。
けれどその裏で、私の頭の中には「天涯孤独」の文字が浮かんでいた。

口にしたのは、これがはじめてだった。
人生ではじめて、自分がそうであることを認識して、口にしたのだ。

親もいる。
親族だって生きている。
弟たちだって元気に過ごしている。
ただ、そのすべての人の連絡先を、住所を、今なにをしているのかを、知らないだけ。
そのすべての人が私の連絡先も居所も今なにをしているのかさえも知らないだけ。
生死の連絡もつかなければ、葬儀の場に呼ばれることも呼ぶこともできない。

なるほど、私は天涯孤独となってしまったのだ。

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