マナーだと言われると思考停止するので、究極の名刺交換とは何なのかを考えてみました。

名刺交換の意味や必要性を訝る意識高い系は多いし、ダサい慣例としてバカにする人も多い。反対に、今だに権力を握り続けているオジさん達の支援を得るためにこういった古き良きビジネスルールをうまく使って、のし上がる人もいる。

結局、名刺交換とは何なのか?を考えると、

名刺交換とは武士の「名乗り」だと捉えると一番しっくりきた。(マナー講師ではないので、経験的に考えた暴論です。)

名刺交換は相手と初見する場です。言うまでもなく第一印象は最重要です。ここで行われる名刺交換の本質を理解しておくと以降のビジネス活動にも差が出るのではないでしょうか。

「名乗り」とは何なのか?

○自分の名前をはっきりと言うこと。また、その名前。「互いに―をする」
○武士が戦場などで自分の氏名・家柄・身分などを声高に告げること。
○能・狂言で、登場人物が自分の身分・氏名や、成り行きの説明、行動の予定などを述べる部分。
(デジタル大辞泉より)

一言で言えば、名乗りはハレの場(昔で言えば戦場とか舞台)で、相手や周りに自己紹介すると言うことですかね。

名刺の起源とは?


名刺は氏名、住所、職業、身分等を記した小型の紙。社交においてとくに初対面の紹介時に用いる。
漢代の中国では木や竹を削って姓名を記したものを刺とよび、地位のある相手への取次ぎに際して渡す風習があった。ヨーロッパにおいては16世紀なかばに使用されたとの記録がみられるが、一般に広く用いられるのは18世紀末以降である。19世紀中ごろにはすでにフランスで写真入りの名刺の特許がとられている。日本では19世紀初期(化政期)には氏名を記した和紙の名刺が用いられており、訪問先が不在のときに訪問の事実を伝えるために用いた。
(日本大百科全書(ニッポニカ)より)

名刺についてわざわざ説明する必要はありませんが、起源は中国で不在連絡に使われていた風習が西洋や日本にも広まり、社交やビジネスの場にも展開されたようですね。
ただ、今では、様式美とも言えるレベルで名刺文化を続けているのは日本ぐらいらしいです。

なぜ、日本では名刺交換に強いこだわりが残り続けているのか?

連絡先の交換と考えれば、今のデジタル時代に何で紙を渡すの?無駄!(と言うか邪魔じゃね?)という疑問を持ちますよね。

連絡先の交換という目的において、今の名刺交換の方法に合理的な理由は見出せません。
(可能性とすれば、昔のアナログ時代の名残が残っているという側面はあるかもしれませんが・・・)

ただ、名刺文化は無くなる気配がないんですよね。

なぜ無くならないのか?


日本の会社は武士の集団と考えるとよいと思うのです。

武士は「一騎打ち」が基本思想です。
(集団戦となった後も戦い方の美学として一騎打ちが尊ばれてきました。)

一騎打ちには『格』が不可欠です。

格とは、家柄やこれまでの武功などです。この格が、自分と同格もしくはそれ以上の相手とやらない限りは評価されません。
反対に、格が低い者と戦うと、自分の格が下がるとすら思われています。

この格を現代に置き換えると何でしょうか?
・家柄≒会社や組織
・武功=役職やキャリア
ということになるのでしょう。

なので、実際のビジネスシーンでも、ザ・日本の会社という組織ほど、
取引相手として選びがちなのは、

勢いのある新興企業より、

(たとえあまりイケてなくても)伝統的な企業


実質的に権限を持っている下位者より、

(たとえ無能でも)自分の同格以上の役職者


との取引を求めがちです。

そして、「一騎打ち」と似た言葉で「手合わせ」がありますよね。

手合わせの意味を調べてみると

○勝負や試合をすること。手合い。
○取引の契約をすること。
(国語辞典オンラインより)

そうなんです。

日本においては、取引(手合わせ)を始める前にお互いに「名乗り」を上げることがとても重要なんです。


(とても長くなりましたが)

現代の武士である会社員にとって名刺交換は「名乗り」となり、

家柄としての会社や組織

これまでの武功としての役職やキャリア

をお互いに紹介しあって『格』を確認し、これから手合わせとしての取引を始めますよ。

ということを周りに示す非常に重要な儀式なのです。

海外から入ってきた名刺は会社や役職を確認するツールとして、とても馴染んだのではないでしょうか。


また、これは乱暴な推論ですが、その昔、武功を立てた証として実際に相手の一部(首)を持ち帰るという風習があったと聞きます。

ビジネスは戦ではありませんが、こういった手合わせの場において、相手の一部として名刺を持ち帰るという部分が自然と馴染んだのかなと考えます。

それ故に、名刺を相手自身として敬い・丁重に扱うという、海外からすると奇異に映る文化に繋がっていっているのではないでしょうか。

昔で言えば、命という大切なものをやり取りする場における、相手に対する最大限の敬意としての儀式が名乗りだったように思います。

現代においても、大切な仕事になった時「首をかける」と言いますよね。

名刺については、マナーとしてのやり方や管理方法としての非効率などに焦点が当たりがちですが、そこに込められている思いは、相手に最大限の敬意を払い、対等な立場で取引しましょうという決意表明なのかなと感じます。

著者の迫平 直幸さんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。