【第1話】 田舎の魚屋がゴールデンタイムの番組に出たらとんでもない事になった話
いつできるのかって聞いてるんだよ!
はるばる遠くから来てんだから何とかしろよ!
そんな怒号が僕やスタッフに容赦なく向けられる。
意味がわからない。なんでこんなことを言われなきゃいけないのか。
僕が何か悪いことしたか?そりゃしたこともあるけど、いや、怒鳴られる覚えも多少あるけれども、や、でも君のことは少なくとも知らないし。
なんでことになったんだろう。
ことの始まりは2ヶ月前にさかのぼるのであった。
僕は日本でも1、2を争う高齢化率ハンパない田舎の県で魚屋をしています。
一応県庁所在地でやってるんですが、しょせん田舎ですから当然高齢化がバッキバキに進み、しかも寂れた商店街にある魚屋なんて所に足を運ぶ人なんて近所のお年よりぐらい。
お年寄りですから、雨が降れば来ない、暑ければ来ない、寒くても当然来ない。
やべーお客さんこねー、まじやべーなこれ、どうすんだおいなんて思ってた矢先、食べるラー油ブーム到来。きたねこれ。これこれなんつって、さっそく作ってみたのが瓶に詰めた甘辛いかつおのオイルフレーク「土佐の赤かつお」という商品。
あ、すべてのものは模倣から始まるから。パクりじゃなくてインスパイアだから。
ただ、商品作ったなんつって簡単に言ってますけど、田舎の魚屋、当然商品化なんてど素人。そんな田舎侍が自力で商品を作るなんて本当に大変なことで、わかんないことだらけ。それこそ「お前仕事もせずに何やってんの?」状態。ナイーブで打たれ弱い僕にとっては本当に針の筵だったんですが、まあその辺の話はここでは華麗に置いておくことにします。
【応募してみたらテレビきた】
で、道の駅とか、お土産物屋さんに置いてもらってたんですよ。割とポツポツと売れました。2日に1個とか。
あ、今、しょぼっとか思った奴一歩前出ろ。うん、そりゃそう思うよね。よし戻れ、口臭えんだよ。
この業界、たとえばスーパーにあるごはんのお供系の商品、いっぱい棚に並んでますよね。あれ1週間に1個売れたらいい方だから。1日1個売れるなんてヒット商品だから。そんなレベルなんです。それを全国何万店舗のスーパーに置く、これがメシの種なんですねー。
ともかく、自分が苦労して作ったものが売れる、ちょぼちょぼでも嬉しいんです。ほら、俺って損得勘定じゃなくて気持ちで動く熱い男だから。
そんな時にあれですよ、もってるなー俺って思ったんですけど、テレビで公募されてたんですよ。「めし友グランプリ」ってやつ。全国からごはんの友といわれる商品を集めて、めし友日本一を決めよう!って大会でした。
めし友じゃなくて食べる調味料なんだけど、まーごはんに合うってみんな言ってるし、出すだけタダだし、とりあえず応募しとこー、みたいな軽いノリで応募。あ、ちょっとコンビニ行ってコーヒー牛乳買って来るわぐらいの感じで応募したんです。つっかけ履いて家の鍵もかけず、ぐらいのノリで。
そんな軽いノリなんで応募したこともすっかり忘れたころに、ふとケータイに見知らぬ番号。
「あのーTBSッスけど、土佐の赤かつおうまいっすねー。ってか全国から応募あった中から70品に選ばれたんで、作ってるとこ撮影したいんですが、いっスカ?」みたいな。
70?それすごいの?えーと、よくわかんないけどまあどーぞ、みたいな感じでここでも軽いノリでOKしたら来ましたよ撮影隊、2人で。身軽だなー君らほんとにテレビ局?浪人生とかじゃなくて?みたいな感じで。
で、作ってるとこ見たいんスけど?とか言うので、はいよーってかつおさばいて煮込んで、笑いも随所に入れないと、なんて自意識過剰なことを考えながら、結構しっかり撮るんだなーなんて思いつつ2時間ほどガッツリ撮影。秘伝のタレをこー上からたらしてみてください!そーそーいいっすそれっす!みたいな。思い返すとなんか楽しかった。毎日やりたい。
一通り撮り終わって、じゃー最後に軽くインタビューを、みたいな話になったんすよ。ええ?まんざらじゃあないけど、そんな事までするんだ。なになに方言コテコテの方がいい?いや、どっちでもいいス。あ、そっすか。
じゃあ僕が軽く振りますんで適当にお願いします、ハイ!えー今回、全国から応募された353品の中から、なんと24品に選ばれました!
!?
瞬間、その刹那の間に僕は察したね。あ、この人、サプライズでびっくりしたリアクション撮りたいんだ、って。我ながらこの空気の読みっぷりハンパない。空気読み界の巨人だわ。でも、俺いまいちピンと来てない。それがすごい事なのかどうか瞬殺で判断できない。どうしよ、どんなリアクションすればッッッ!
結果、、、マジっすか!みたいな月並みなリアクションしかできませんでした。いやね、誰も素人にそんないいリアクション期待してないっすよ。なに面白い人みたいに写ろうとしてんのよって感じなんすけど、でもね、ものすごい中途半端だったし、撮影隊が撮りたいのはこういう絵じゃないことだけは良くわかった。なぜならディレクターの顔が一瞬歪んだから。ご、ごめん!
すっかりお互いに溝ができてしまいましたが、撮影自体は滞りなく終わりました。僕自身の見所ナッシング。正直、自分もうちょっとできる子だと思ってたんです。その辺の三下芸人よりゃできちゃうぜなんて思ってた。だめだ、人として四流だわ。
そんな意気消沈する田舎侍を尻目に、当たり前のように「じゃ、来月東京のスタジオで収録ありますんでお願いしやーす」と。こっちも、あ、そうなんですねー、って。最後まで軽いなきみ、確認するけど、趣味ですごいカメラ持ってるだけのフリーターじゃないよね?
この後、東京赤坂TBSテレビに行くことになるのですが、この時田舎の魚屋はまだ事の重大さにまったく気付いてないのであった。
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