私が、いじめられた経験を忘れない理由


 

はじめまして、雨宮優佳です。

私の活動については、ホームページにあります。

hacker-s-shelly.com/yuka/


私の人生の中でもっとも辛く、そして重要な出来事に出会ったのは15歳、高校生の頃だった。私が最初に通ったのは、その区内では最難関とされる高校。文武両道、輝かしい名門大学への進学率、凛とした校風。中学生の頃は、その高校に受かることだけを考え、猛勉強していた。努力の甲斐あって晴れて合格したものの私は入学後3ヶ月でその高校を辞める。原因はいじめ。よくある話である。
 当時の私は、若干のいじられキャラで、正直空気があまり読めなかった。女の子のグループの中で私は、だんだんと避けられるようになり、遠回しの攻撃をされた。しかし、私は気づかなかった。いじられているとばかりに思い、さらに厚かましく彼女たちにちょっかいをかけた。非常にイタい人間だった。そんなある日、そこそこ仲の良かった女の子が皮肉を込めて言った。「嫌われているのに気づいていないってウケるよね。」ウケる。非常にウケる。私はそのとき初めて気づいた。
 次の日から学校に行けなくなった。 私は塞ぎ込んだ。その頃は、その高校に行けただけでエリートにでもなったつもりだったのだろう。学校にいかないと、人生が終わってしまうという圧力と、動かない身体。私は生まれて初めて、どん底に落ち、病んだ。自己嫌悪と吐き気、自殺願望、親への申し訳なさ、脱力感。
 当時の担任は、いじめ問題を解決しようと、話し合いを行ったらしい。ある日意を決して学校に行くと、私をいじめていた女の子たちが、笑みを浮かべて言った。「ひさしぶり!」気持ち悪い。非常に気持ち悪かった。しかし私は、同じように気持ち悪い笑みを浮かべて過ごした。休み時間のたびに誰かが話しかけにきた。腫れものに触れるような猫なで声で、どうでも良い話をしてくる。ああ、私はかわいそうな子なのだ。いじめられてしまって、このままでは学校を辞めてしまう、皆で優しくしてあげないといけない、かわいそうな子。私は耐えられなかった。

 学校で苦痛だったのは、クラスだけではなかった。私はずっと演劇が好きで、演劇部に所属していた。しかし、そこでもトラブルは尽きず、一緒に部活見学に行った女の子と二人で中途入部希望を出すも、私だけ入部締め切りが過ぎていると言われ、その子は入部できていた。なぜか目を合わせてくれない女子部員、ほとんどセリフのない役。私だけ一人で歩く帰り道。顧問は、次の演劇が始まる際、突き放すように行った。「次は出るのをやめたら?いつ練習に来れなくなるかもわからないし」

私は限界だった。どこにも友達はいない。クラスメイトは同情の目、部員は侮蔑の目を剥けてくる。私は、また学校に行けなくなった。

私はずっと頑張ってきた。頭の良い、良い子だった。高校に受かったとき、みんなが褒めてくれた、ほかの人とは違うと認めてくれた、羨んでくれた。私立への転校を勧められたが、できなかった。狭い地元、私がその高校から「脱落」したと思われたくない。目の前は真っ暗だった。残された道は一つ。
 ある日、私はベランダの塀に手をかけた。ここは8階、空が綺麗だった。静かな午後だった。なんだか飛べる気がした。飛ばないといけない気がした。わたしは覚悟を決めた。

しかし、わたしは死ねなかった。

父の仕事場は他県にあった。わたしは、田舎の高校へと逃げた。それからは驚くほど平和な日々だった。誰も私をいじめなかった。侮蔑も目も、同情も目もなかった。あの高校での日々が嘘のようだった。「転校生は美人らしいぞ」というよくある噂のせいで、他クラスの男子に遠巻きに笑われることもあったが、時間とともに収まった。気のあう友達、ゆっくりとした授業、念願だった演劇部。幸せだった。

しかし、わたしの心の中には、当時の闇が残っている。いまだに、ベランダからビルの踊り場から、ふらっと飛び降りたくなるときがある。わたしをいじめた人、冷ややかな目を向けた、何もしなかった人、冷たい教師たちへの憎しみも消えていない。私はそれを絶対に消しはしない。この憎しみがわたしの原動力の一つである。あの経験があるからこそ、わたしは「良い子」を辞めることができたのだろう。

私は、ベランダに立ったあの日に、こっそり田舎に逃げたあの日に一度死んだと思っている。少なくとも井の中の蛙のような、エリートであるというプライドは、あの高校を辞めた時に捨てるしかなかった。それを捨てた経験は、今の私を支えてくれている。

二つ目の高校を卒業した私は、本当に自分が行きたい大学へと進んだ。偏差値やネームバリューではなく、自分の理由を持って大学を選択した経験は、あらゆるところで役に立っている。そこで自分を心から愛してくれる生涯のパートナーと出会った。自分のように負の経験をした人を支援したいと考え、イベントや海外での活動、メディアやサービスの立ち上げを行った。これからは会社の立ち上げと、自身の経験を綴った本の出版をする予定である。

これから、就職せずに自分で道を切り拓いていく私の生き方は、安定からは程遠く、大きなレールからは外れてしまうだろう。しかし私は自分の生き方に満足している。あのとき全てを失ったからこそ、私に怖いものはない。本当に好きなもの、好きな生き方を選ぶことができる。もしあの高校で、いじめられることなく幸せな高校生活をおくっていたら、きっとレールに敷かれた人生を歩んでいただろう。

もしいじめられている人がいたなら、全て捨てて逃げてほしい。それがとても難しいことだとはわかっているけど、逃げてほしい。悔しさと復讐心は捨てなくていい、いつか復讐すればいい。機会はいくらでもある。

「いじめられた人は、人の痛みがわかる、優しい人になれる」

よく言われるこの綺麗事が、私は嫌いである。実際そうだろうか。少なくとも私はそうではない。のほほんと生きているマイペースな人間を、いじめられていない個性的な人間を恨んでしまう自分が常に心に留まっている。悪口1つ言われずに、幸せに、健全に育った人間を、私は羨み、挙げ句の果てに憎んでしまう。その綺麗な心をズタズタに引き裂いてしまいたいと思ってしまう。「人の痛みがわかる、優しい人」には当分なれる気がしない。

しかし、いじめられた経験を持つメリットは多くある。とてもひねくれていてとってつけたものかもしれないが。まず、いじめられた経験は金になる。暴露本を出してみるといい、きっと売れる。そう思うことでやり過ごした時期もあった。過去は売り物にすればいい。自分をいじめていた人は、極悪人として世に知らしめてやれ。それが最高の復讐だ。いずれ力をつけて、正義で彼らを叩くのだ。大っぴらにそんなことがしたくないなら、間接攻撃をすればいい。奴らが自分のつまらない人生に疲れ、ふとテレビやネットを見たときに、輝かしい成功を収めたものとしてそこに出てくるのだ。昔あれだけいじめていた人が成功している悔しさと不甲斐なさで、奴らの心を破壊しよう。

いじめられた経験は、人に闇を与える。それは悲しい事実。しかし、どうだろう。闇は時折魅力になる。少なくとも、薄っぺらい人間に比べいくらか深みが出る。苦味が出る。男も女も、闇のある人間には弱い。その味をちらっと見せつつ、愛した獲物を落とすのだ。ここだけの話、なんだかんだでメンヘラの需要はある。だから生きて欲しい。この武器を使わず死ぬのはもったいなくてしょうがないじゃないか。

いじめられている子の親はどうか、逃がしてやってほしい。一緒にどこまでも逃げてあげてほしい。肩身がせまい思いをすると思うけれど。いずれ誇れる子になるだろうから、今だけの辛抱と思って、一緒にプライドを捨てて欲しい。時代は変化している。これからは、個性を持つものが生き残り、評価される。いい子、エリート、コミュニケーション能力の高いだけの人間はもう通用しない。あなたの子がもしいじめられているのなら、集団に馴染めないのなら、その子は個性の塊である。いじめっ子たちはその子に劣等感を抱いている。今は気づいていないかもしれないが。古い時代に生きる集団の中にその子を埋れさせるのはもったいない。その子が生きやすい、つまりは同じレベルの場所へと連れて行ってあげてほしい。学校じゃなくてもいい。そしてその子の個性を、才能を伸ばしてあげてほしい。いずれあなたは、きっと素晴らしい偉人の親になる。

いじめをなくすことは、きっとすごく難しい。せめていじめられた子が、すぐに逃げられる環境を作りたい。そしていじめられた人たちが、それを武器に輝ける世界を作りたい。これからの私の人生を、その世界を作ることに捧げる。




著者の優佳 雨宮さんにメッセージを送る

メッセージを送る

著者の方だけが読めます

みんなの読んで良かった!

STORYS.JPは、人生のヒントが得られる ライフストーリー共有プラットホームです。