あの夏食べたかき氷(後編)

ある日、こうじくんに、遊びに来ない? と誘われた。嬉しくって時間より早く行った。
チャイムを押すとこうじくんが出てきて、まだご飯食べてないから中に入って待ってて。と言った。 

珍しい事もあるもんだと思った。 
こうじくんは絶対にひとを家にあげなかったから…。 
だから俺も思わず聞いてしまった。 

『こうじくんちあがっていいの?』 

うん。入っていいよというこうじくんに、おじゃましまーすと言って中に入ると、入ってすぐ目の前の部屋に妹のなっちゃんがいた。そしてこうじくんは次の瞬間、驚くべき行動をした。 

いきなりガスコンロの火を着けると、フライパンに手際よく油をいれて熱し、赤ウインナーを手早く炒めはじめたのだ。 

『スゲェー! こうじくん料理作れんの!?』 
こうじくんはニコニコしながら、炒めるだけだよ。とフライパンを揺すりながら言った。俺は僅か八才でガスコンロに火を着け、フライパンを操るこうじくんに尊敬の念を抱くとともに、子供だけで火なんて使わせて、こうじくんのお母さん何もやらないのかなぁ…とも思った。 
なんでこうじくんは自分でご飯を作らなくちゃならないのかなぁ…。不思議だった。 

次にこうじくんはお湯を沸かしてカップラーメンのフタを開け、湯を注ごうとした。 
カップラーメンを買って来たのは妹のなっちゃんらしいが、こうじくんが 

『なつこ、これラーメンじゃないぞ!? ワンタンだ!』 

と言って、ガッカリした顔を見せた。 
えー!? だって分からなかった…。となっちゃんは半べそをかいた。これでもいいよ。とこうじくんは二つのワンタンに湯を注いだ。 
三分経つ間に二人は赤ウインナーの油炒めを食べ、更にワンタンを食べた。 

大食漢のこうじくんはあっという間に自分のワンタンを平らげ、まだ食べているなっちゃんに 

『なつこ、ちょっとだけスープちょうだい』 
とおねだりしたが、イヤ!! と拒絶された。そうだろう。こうじくんのちょっとだけなんて、ちょっとで済んだ試しはないから。 

さっきから思ってる疑問を俺はこうじくんにぶつけた。 

『なんでこうじくんが自分で料理作るの?』 
『おばちゃん居なくなっちゃったから…』 

『ふーん…』 


またある日、こうじくんが言った。 

『今度の土曜日、ウチで誕生会やるから来ない?』 

俺はビックリして、え!? だってこうじくんのお母さん居なくなっちゃったんでしょ!? と訊いた。 
こうじくんは、新しいおばちゃんが来たと言う。 

でも、俺はおかしな事に気づいた。 
前にいたお母さんも、呼び方はおばちゃんで、新しく来たお母さんもおばちゃん。三ノ輪のおばちゃんも、おばちゃん…。 
一体、どこがどう違うんだろうか…。 


数日後、こうじくんの家で誕生日会が開かれた。いつもは他人の誕生日会には絶対に行かせてくれない母が、珍しく行かせてくれた。毎回お願いしても、他人様に出すプレゼント代なんて無い! ひとの誕生日会の参加は却下されてたから。 

こうじくんの家には、俺の他に、パンダ、キリン、ピーナツが呼ばれていた。 
みんなプラモデルなどのプレゼントを持参し集まってきた。 

そして新しいおばちゃんは、怖そうだった…。一言も口をきかなかった。 
そしてショートケーキを期待していた俺達の前に出されたものは…小肌丼だった。 

俺達は一斉に自分以外の丼を見やった。みんなおんなじコハダ丼だった。 

大人になった今ならともかく、小学校一、二年生にコハダの丼物は、正直、受け付けなかった…。 
まるで何かの罰ゲームのような感覚だった。 
みんな一口頬張ると、お互いの顔を見やった。その顔は全員 

(マズイ…) 

という表情だった。ピーナツの野郎はデッカイ声で、ぐわぁぁぁーっ! まっじィィィ! と言った。正直、俺もそう思った。 

おばちゃんはそれに気づいてんだか気づいてないんだか、それ以外の物は一切出してはくれなかった。 

俺はチラッとこうじくんの表情を見た。 
悲しげだった。 

一ヶ月もしないで、そのおばちゃんもいなくなった…。 


何故、こうじくんが突然、おばちゃんの秘密を話してくれたのか、それは分からない。たがその後、忽然と姿を消したこうじくんの事を考えると、もしかしたらお別れの意味も多分にあったのかなと俺は思っている。 

一番最初にいたおばちゃん…。既にこの人からして、お母さんじゃないのだそうだ。 
お手伝いさん。 
こうじくんは、お母さんには会った事がないのだそうだ。 

恐らくお父さんは仕事で忙しくて、幼い二人の兄妹にまで手が回らなかったのだろう。お手伝いさんが身の回りの世話をしてたのである。ゆえに、おばちゃんなのである。 

こうじくんが料理をしてたのは、憶測だが、恐らく経済的理由で毎日お手伝いさんを雇う余裕がなかったのではあるまいか? 

そういう時は自分で料理をするようにと、お父さんなり、お手伝いさんなりに、火の使い方を教わったのだろう…。 

友達を家の中へ呼ぶと、おばちゃんの仕事が増えるからと言われ、こうじくんは友達を呼べなかったらしい。 
物置でプラモデルを造ったのはそのためだ。 
そして後年知ったのだが、こういったストレスが原因で過食になる子がよくいるそうだ。こうじくんもなっちゃんも太っていた。 
しかしながら、寂しさをぶつける相手もいない兄妹が、食べる事にのみのめり込んだとして、誰が責められよう…。 

そんな中で、唯一、三ノ輪の甘味処のおばちゃん…。この人は本当のおばちゃんらしい。これは勝手な推測だが、三ノ輪のおばちゃんの所へ行ったのは、単にかき氷やスアマを食べに行っただけではない…と思う。 

そして今更ながら、コハダ丼を出したおばちゃんには頭にくる! こうじくんの面目丸潰れだし、子供がコハダなんて好んで食うか!?こうじくんのあの時の悲しげな表情を忘れる事が出来ない…。 
後にも先にもこうじくんの誕生日会は、これが最後だった。 


ある日、突然こうじくん一家は姿を消した。サヨナラの挨拶もなしに…。 
二年生にあがる春休み、俺がこうじくんの家のチャイムを鳴らすと、はす向かいの安斉さんが、こうじは引っ越したよ。と言った。何処へ行ったかは知らないという…。 


夏が来て、かき氷を見ると、あの夏こうじくんと食べたカルピスのかき氷を思い出すのである。 

そしてつい最近壊されるまで、こうじくんちの前の壁には、『こうじ』と、誰が書いたか分からない落書きが、ずっと消えずに残ってた…。 

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